261話 迫る魔獣 四
勿論の事、王太子の命令に対して、誰一人命令違反はしない。
火魔法の不得意な者も含めて、火魔法を一斉に放つ。
僕も同様に、火魔法を放つ。とは言っても、僕の魔法は火魔法に偽装した闇魔法だ。
ルカ・メレディスもまた、魔法を放つ。
実際の所、騎士達の火魔法を合わせても、目の前の魔獣が相手では効果があるとは思えない。
とはいえ、油を掛けていたかのように炎が燃え広がる。
炎が前方にいた魔獣を包み込む。
炎の壁ができたかのようだった。
魔獣は苦痛の声や断末魔の叫びを上げることもない。
唯、体を焼かれながら進もうとして、力尽き倒れる。
暴れて突撃されるよりはいいが、それはそれで異様な光景だった。
統制というより、操られているという方が近いかもしれない。
1回目の攻撃で、全ての魔獣を倒せた訳ではない。
一撃で全滅だとさすがに不自然過ぎる。
それでも、魔獣の三分の一程は倒れたと思われる。
その結果に騎士達は多少なりとも自信を取り戻したようだ。
「もう一度だ」
王太子が声を上げる。
「放て」
王太子の声を合図に再度、火魔法が放たれる。
ただ、今回は先程より弱くなっている。
一射目で魔力を使い過ぎたせいだろう。
僕やルカ・メレディスも魔法を放つが、倒せた魔獣はずっと少ない。
騎士達の魔法の威力にルカ・メレディスも合わせたのだろう。
まだ、半分以上の魔獣が残る。
これ以上、魔法を放っても、威力は弱まるばかりだ。
ルカ・メレディスが強力な魔法を放っても不自然でしかない。
同じく不自然なら、一射目で全滅させるようにする方がよかったのかもしれない。
これから、どうするか?
騎士達も魔法の威力が落ちている事を感じてか、焦りが見える。
魔獣を全て倒す前に、騎士達の魔力は尽きる。
そうなれば、本当に剣だけで魔獣を相手にする事になる。
「第一騎士団の火属性の者と第三騎士団全ては引き続き、火炎魔法を。残りは風魔法だ」
王太子の指示が響く。
放てという掛け声で、魔法を放つ。
多少、威力は戻ったが、魔獣が近づいてくる方が速い。
間近に迫った魔獣。
王太子は一歩も動かず、堂々とした姿勢を崩さない。
その為、騎士達も一歩も動けない。騎士の中には顔を引き攣らせている者もいる。
このまま行けば、残った魔獣に突破されてしまう。
ルカ・メレディスも今以上に動こうとはしない。
涼しい顔で魔獣を眺めている。
どうしろと言うのか?
今のままの魔法ではもう手詰まりだ。
王太子とルカ・メレディスは通じているはずだ。
ルカ・メレディスもそのような事を言っていた。
国軍が来るまでの時間稼ぎもあるのかと思ったが、国軍は全く姿も見えない。
王都から近い駐屯地にいるはずなので、そこからここへ到着していてもおかしくない時間は経っている。
さすがに王都を見捨てるとは思えない。向こうでも何かがあったのかもしれない。
「不安に思うことはない。私に策がある」
王太子は馬に付けられている袋から何かを取り出し、それを掲げた。
それは見覚えのあるものだった。
黒いドラゴンを象った像。
アリシア嬢やシンリー村に関わっていた物だ。
どうして、それがこんな所で、王太子が持っているのか?
だが、あれは、闇魔法を注ぎ込んであるだけの物のはずだ。
その様な物を掲げたまま、王太子は声を張り上げる。
「これは強力な魔法が封じられている古の秘宝だ。ドラゴンが王都を護るだろう」




