260話 迫る魔獣 三
先頭に出た王太子が馬上で剣を抜く。
少し前まで、魔獣退治を行っていた僕でも多くの魔獣を前に緊張する。
騎士だけあって、誰も逃げ出さないし、泣き言は言わない。
「ここで私達が敗れれば、王都は蹂躙される。私達以外に誰があれらを止めると言うのか」
王太子が声を張り上げる。
できれば王太子に前に出てほしくはない。彼には次期国王になってもらわなくてはならない。
だが、騎士達を鼓舞する上では必要だと思う。
僕は王太子のすぐ後ろにいた。
僕の隣には、ルカ・メレディスがいる。
ルカ・メレディスがどう考えているのかはわからない。
この後、どのような行動を取るのか、僕には見当がつかない。
闇魔法を使えば、一度に多くの魔獣を撃破できる。
ルカ・メレディスであれば、もしかすると、一撃で魔獣を全滅させられるかもしれない。
ただ、そんな事をすれば、英雄になれる訳ではなく、恐れられるように思う。
ルカ・メレディスからはここに来ても、指示はない。
先日、王太子と共に魔獣退治を行っていた。
あの時の要領で、王太子を勝たせればいいのだろうか?
はっきり言うと、厳しい。
そうするには、魔獣の数が多すぎる。
一人で魔獣を全滅させるより、難易度が高い。
魔獣がより近づく。
今の所、魔獣が魔法を放ってくる兆しはない。
問題なのは、その大きさだ。
あれでは、防壁は僅かな時間稼ぎにしかならないだろう。
人間は蹴散らされる。
「心配することはない。君や騎士や兵士はこの私が誰一人死なせないよ」
唐突にルカ・メレディスが穏やかな口調で僕に声を掛けてくる。
僕はかなり焦っていたようだ。
刻々と近づく魔獣との距離。僕一人でどうにかしなければと言う考え。その為に。
落ち着いて、僕にできることをするしかない。
ルカ・メレディスもいるのだ。
「魔獣は今までより遥かに大きい。これまで通りの戦い方では倒せない。総員、横に広がり、私の合図で一斉に火炎魔法を魔獣に放て」
既に剣を抜いている王太子は騎士達に剣ではなく、魔法による攻撃を命じた。
騎士達がこれには動揺する。
通常、攻撃と言えば、剣での攻撃だ。
魔法はあくまで補助であり、騎士が魔法を使うと、むしろ、卑怯だと言われてしまう。
それに騎士であっても、魔法の威力が弱い者が多い。
まして、火の魔法に限って言うと、更に少なくなる。
通常であれば、魔法攻撃であの魔獣を倒せるとは思えない。
属性には適性がある為、以前の僕も火の魔法の威力は弱かった。
騎士達が動揺するのは当然だ。
第一騎士団、第三騎士団の団長二人が王太子の命令通りに、それぞれの騎士団を動かす。
魔獣は僕達の事が眼中にないかのように、同じ速度で進み続ける。
気になるのは、魔獣同士で統制が取れているように感じる事だ。
魔獣に連携されれば、脅威が更に増す。
「フィニアス殿下、することはわかっているでしょう。王太子殿下の命令はそれを見越したものなのですから。勿論、私一人でも問題ありませんから、見ているだけでも構いません」
ルカ・メレディスに言われなくてもわかる。
僕は無言で頷いた。
騎士達は命令に従い、魔法を放つ準備を整える。
魔獣が迫っている。
魔獣の方はやはり速度は変えず、魔法を放っても来ない。
騎士達が配備を終えたのを見計らい、
「放て」
王太子が号令をかける。




