259話 迫る魔獣 二
この日はメイの傍にいたかった。
メイが何をしているのかも知らない。
結婚の約束までしたにも関わらず。
メイに接触してきた宰相の弟の事も気になる。
こんな時だからこそ、メイの傍で、メイを護りたい。
だが、今は一大事だ。
王都の壊滅を望んでなどいない。
王都の人々の犠牲を望んでなどいない。
より強くより多い魔獣相手にどれ程戦えるかはわからない。
以前、ルカ・メレディスから渡された動きやすい服装に剣を携え、部屋を出た。
そこには既にルカ・メレディスが待っていた。
「私達が魔獣を掃討する訳ではない。王太子殿下に花を持たせないといけない」
ルカ・メレディスはその場で転移魔法を使った。
転移先は、王城だ。
王城内を歩くと、慌ただしさが窺える。
確かに既に、魔獣の事は知らされているのだろう。
転移してきたので、街の様子はわからない。
真実を言えば混乱するので、最小限で留めいている可能性がある。
ルカ・メレディスは迷うことなく、進む。
ほとんど王城に来ることのない僕にとっては、どの辺りを歩いているのかわからない。
ある部屋の前まで来る。扉の両側には衛兵が立っている。
僕達が名乗る前に衛兵が扉を開ける。
ルカ・メレディスは躊躇わず、中へ入る。僕も考える間もなく、部屋へと入った。
正面には王太子がいた。
王太子は、既に出撃準備を終えているのか、白を基調とした軍服を着ている。
その表情は険しく、僕の知る王太子ではないようだった。
その部屋には中央に大きな机があり、地図が広げてある。
勿論の事、防衛大臣であるフォレストレイ侯爵と第一騎士団フォレストレイ団長がいる。僕の父と兄だ。
第二騎士団デリン団長の姿はあるが、第三騎士団エヴァーガン団長の姿はない。
第三騎士団は既に王都防衛に向かっているのかもしれない。
他にも、四大公爵家の当主が勢揃いしている。有事の為、招集されたのだろう。
体調が悪いと伝えられる国王の姿はない。
「魔獣討伐経験のあるフィニアスも参加させる。同じく、メレディス殿もだ」
王太子が先制して告げる。
これにより、誰も僕達を排除できない。
僕の参加は賛否あるだろう。僕は魔王国へ引き渡されることになっている。僕が死ぬようなことがあれば、引き渡せないのだ。
とは言え、王国側は今回の魔獣襲撃を魔王国の仕業だと考えているだろう。
首謀者もその意図も不明だ。メイは宰相の弟が怪しいと言っていたが。
ただ、王都の一大事であることは認識している。
普通、魔獣が百匹くらいであれば、王都の防壁でも耐えられそうだ。これまでの魔獣であれば。
この場で危機の認識を共有できているのは、前日、街に出現した魔獣の報告が既に知れているからだろう。
昨日の今日ということで、関わりはあるに違いない。
あれが百倍というのはぞっとする。
しかも闇魔法を隠して倒すというのはかなり骨が折れるはずだ。
王太子は予め、僕達が来る事を知っていたのだろう。
ルカ・メレディスから直接聞いていたのかもしれない。
ただ、魔獣退治をしていた時の王太子とは明らかに違う。
別人のようだ。
総司令として申し分のない王太子然とした姿だ。
「反論はするな。第二騎士団は二手に分かれ、王都の左右を護れ。第一騎士団は一部を城に残し、私と共に中央だ。後ほど、国軍も合流する」
無表情で有無を言わせぬ口調の王太子からは威圧感すらある。
第一、第二、第三騎士団は基本的には王族と王都を守護するので、当然だ。
国軍は騎士団とは別で、王都内に駐留していないので、駆け付けるには時間が必要だろう。
ただ、中央広場など王都内への配備は指示がない。
「敗北は許されない。王都の総力をもって叩く。すぐに出撃だ。先行する第三騎士団に続く」
王太子はマントを翻し、颯爽と歩いていく。
防衛大臣を含め一部を残して、僕達も王太子に従う。
用意された馬で大通りを駆ける。
王太子も自ら馬を駆っている。
大通りは既に騎士団が通ることができるよう開けられている。
街は特に混乱していない。
沿道の市民が手を振っているぐらいだ。
門から街の外へ出る。
第三騎士団が既に配置についている。
まだ、戦闘は行っていない。
戦えば、かなりの死傷者を出す。全滅もあり得る。
とてもではないが、剣一本で戦えるものではない。僕でも魔法を使わず、剣一本では苦戦しそうだ。
聞いていた通り、魔獣は百匹くらいだろう。
まだ離れて見えているだけだとしても、危機感を覚える。
速くはないが、確実に王都を狙い、一直線に向かって来ている。
あんなものに暴れられれば、王都は容易に踏みつぶされてしまいそうだ。
魔獣を前にしても、王太子は恐れを見せず、表情を変えない。
ただ、他の騎士達はそうではない。
魔獣は昨日見た種類に留まらず、見たことのない魔獣もいる。
幸い、ドラゴンのように空を飛んでいる魔獣はいないが。
このまま魔獣に突撃しても勝ち目はない。
おそらく、ルカ・メレディスがここに来ているぐらいだから、魔王国が援護するだろうとは思う。
僕は単にここにいればいいとしか言われていない。
騎士団の援護は求められていないのだ。
ただ、禁止もされていない。
死者を減らす事はできるはずだ。




