258話 迫る魔獣
「婚約者のふりをする必要は、ないでしょう? 王太子が諦めたかはわからないけれど」
イネスは誤解していると思う。それに、ミアもだ。
僕がメイと結婚できないことを前提とするように言わないでほしい。
「それは必要ない」
大人げなく、冷たい声を出してしまった。
「漸く、正式に婚約するのか」
グレンが呆れたような声を出す。
「ああ」
「求婚に成功したんだな」
グレンは答え難いことを言ってくる。
僕から求婚するはずだった。
結局、僕から正式に求婚は出来ずじまいだ。
「メイ、いいの? あまりにもしつこいから、仕方なく、妥協でコーディと結婚する訳ではないのよね?」
「本当にコーディ様と結婚するの?」
イネスとミアは酷い言いようだ。
ただ、反論しても、墓穴を掘りそうだ。
これ以上、メイに格好悪い所は見せたくない。
「本当です。その、コーディに傍にいてほしいから。わたしが結婚してほしいと頼んだんです!」
必死にそう言ってくれるメイはかわいい。
漸く、メイと結婚できるのだと感じる。
グレンは祝福してくれるだろう。イネスとミアはわからないが、おそらく……
ただ、僕から正式に求婚したかった。
それができていないのは、メイの言葉から明らかだ。
それでも、結果は変わらない。
誰かに何か言われたとしても、気にする事ではない。
僕はメイだけを見つめた。
メイが僕の視線に気付いて、メイと目が合う。
メイは少し恥ずかしそうに目を逸らした。
イネスも何も言ってはこなかった。
そのまま、メイは別の世界から来たのだという話をした。
僕に聞かせてくれた話だ。魔王の眷属は知っておくべきだと。
そして、メイがその世界に戻れば、僕達眷属は生きていられないことも。
グレンもイネスもミアも、僕と同じ答えで、安堵した。
この日は、メイと共に朝食を取った。
今日くらいはメイといられるかと思ったが、そうはいかないようだった。
食べ終わったすぐ後、部屋のドアが勢いよく開いた。
入ってきたのはメルヴァイナだ。
「集まってくれていて、よかったわ」
勢いよくドアを開けたにしては、ゆったりと歩いてくる。
「ちょっとした急報なの」
落ち着いた声でメルヴァイナが言う。
「魔獣の群れがこの王都に押し寄せて来そうなのよ。面倒な事をしてくれるわね」
大事だ。
昨日、現れたような魔獣なら、王都はかなりの被害を受ける。
それだけならいいが、壊滅する恐れすらある。
ただ、今の僕も落ち着いている。
「王国騎士団も知っているのですか?」
父や兄はもう王城に着いているだろう。
「勿論。彼らにも情報は流してあるわ。今頃、大慌てでしょうね。魔獣はもう1時間もすれば王都に辿り着くわ」
メルヴァイナは完全に他人事というような口調だ。
「どんな魔獣で、どれくらいの数がいるんだ?」
グレンもまた煩わしそうな様子でメルヴァイナに尋ねている。
「あなた達がこれまで戦った魔獣より少し強いくらいよ。十分倒せるわ。数は、ほんの百匹くらいよ」
百匹もいれば、簡単に倒せるものではないと思う。
彼らにしてみれば、ほんの百匹なのかもしれない。むしろ、群れになっている分、倒しやすいとすら考えているのかもしれない。
「僕達はその魔獣を退治すればよろしいのですか?」
僕がメルヴァイナに尋ねると、彼女はドアの方に顔を向ける。
丁度いいタイミングでルカ・メレディスが部屋に入ってくる。
「君達が退治する必要はないよ。ただ、コーディ、君だけは僕と来てくれたまえ」
「何をするのですか?」
「実は魔獣退治の指揮はセルウィン王太子が行うのだよ。名目上、私達も顔を出す」
「王太子に指揮などできるのですか?」
「できなくても構わない。誰が指揮しようと、時間の問題でしかない」
時間の問題というのは、こちらの全滅までの時間ではなく、魔獣の討滅までの時間であってほしい。
「悪いけれど、食後の優雅な時間を過ごす余裕はないのだよ。コーディ、すぐに準備を」
「コーディ、頑張ってきてください」
メイの励ましにやる気が出る。兄が心配だという事もある。
「はい、すぐに戻ります」
僕は準備の為、自分の部屋に転移した。




