257話 家族と仲間と
気が付けば、朝になっていた。
まだ、日は出ていないが、空は白んでいる。
あまり寝られた気がしない。
僕の部屋には誰も訪ねて来なかった。
やっと、メイとの結婚の約束を取り付けた。
思っていた形ではなかった気がするが、それはもういい。
さすがに部屋に籠っている訳には行かない。
身なりを整え、執事を部屋に呼ぶ。
今なら、父もいるかもしれない。
執事には父と会えるように取り次ぎを頼む。
返事は速かった。
すぐに父の執務室に呼ばれたのだ。
父の執務室には父の他、兄二人もいた。
兄ジェロームはいつ戻ったのかわからない。
僕が執事に頼む以前に、父と兄二人が話をしていた事が窺える。
父と子の交流というにしては、緊張した雰囲気だ。
おそらく、昨日の件だろう。
魔獣に、失踪していた聖騎士。
結婚のことを切り出せる雰囲気でないことは確かだ。
「昨日の事は既に報告を受けている。補足はあるか?」
厳しい表情の父が僕を見据えている。
「僕からは特にありません。報告を受けている通りだと思います」
「お前に聞いておきたい。今回の件、魔王国は関わっていないのか?」
「魔王国自体は関わっておりません。ただ、魔王国から離反した者が起こしている可能性があります。その者は王国中に魔獣を放っております。魔王国側でも、魔獣の討伐、及び調査を行っております」
僕自身、魔王国が全く関わっていない保証はないと思っている。
それでも、今はそう言うしかない。魔王国の王であるメイまで疑われることになりかねない。
「要は魔王国の不始末だろ? そんな危険人物を解き放たないでほしいものだな」
ジェロームは遠慮なく言う。
「確かにその通りです」
「あんな化け物相手にどうするつもりだ? 暴れられれば、王都が壊滅しそうだ」
軽い調子でそんなことを言う兄を父は嗜めない。
ただ、僕でも否定はできない。僕の力では王都を護りきる事はできないだろう。
昨日も、僕だけではどうにもならなかった。
兄自身もそれを感じているはずだ。
昨日、被害が出なかったのは、偶然に過ぎない。
兄の問いに僕は答える事ができない。
僕だけでなく、父や兄ウィリアムにも。
「私は王国騎士です。騎士として、国と民を護る。それだけです」
ウィリアムは端的に言うと、踵を返す。
「私は王城に戻ります。コーディ、無理はするな」
ウィリアムはそれだけ言うと、部屋を出て行った。
「暫く、屋敷には戻れない。何かあれば、伝令を送るように」
その父の言葉の後、僕とジェロームも父の執務室を退室する。
「兄様も暫く戻って来られないのですか?」
「ああ、残念ながら、戻れそうにない。だから、お前が私を訪ねてくれて構わない」
「はい、機会があれば。それと、先程、言いそびれてしまったのですが、メイと結婚する事になりました」
「兄を差し置いてか!? まあ、いいが。魔王の王配か……まあ、頑張れ。結婚式には絶対に呼べよ」
「それは、兄様が魔王国に行きたいだけでは?」
「そんなことはない。しっかり祝ってやる」
「わかりました。必ず」
ジェロームとも別れた。ジェロームの後ろ姿が見えなくなる。父と兄達は直ぐにでも屋敷を出て行くのだろう。
誰も僕を問い詰めるような事はしなかった。
ただ、人間にあの魔獣や元聖騎士を倒す事は難しい。
兄達が心配ではある。だが、二人は騎士だ。
余計な事は言えない。
僕だけ浮かれている訳にはいかない。
自分の部屋には戻らず、グレンやイネスと集まっていた談話室としている部屋へと向かった。
二人が目覚めているかわからないので、誰もいないかもしれない。
予想に反し、部屋にはグレン、イネス、ミア、それに、メイの姿もあった。
「コーディ」
メイが僕の名を呼ぶ。
グレン、イネス、ミアは、僕の顔を見て、黙っている。
ミアは困ったような表情も浮かべている。
僕が来てはいけなかったような空気を感じる。
僕に聞かれたくない話でもしていたのだろうか?
僕とメイの結婚に反対なのだろうか?
結婚の事は既にメイから聞いているだろう。
昨日の件があり、そういう場合ではないと考えているのかもしれない。
それでも、僕からも言っておくべきだ。
彼らには、納得してほしい。
「メイから既に聞いていると思う――」
「コーディ様、もう、わかっています」
ミアに遮られる。
「そうね。言わなくていいわ」
イネスにも言わせてもらえない。
「えっ! そうなんですか!? わたしはまだ、言ってませんけど、気付いていたんですか?」
メイが驚いて、声を上げる。
「うん、そう思ってたから」
ミアは委縮するように、遠慮がちに言う。
「そうなんだ……その、まだ、宰相にはちゃんと報告はできてないんだけど、あ、もちろん、許可はもらってるの。いつ、結婚するかは、まだ、わからないけど」
「メイ、結婚するの?」
うんとメイが頷く。
「その、まだ、早い気はするんだけど……」
「そうなんだ……」
ミアが顔を伏せ、呟く。
メイとミアの会話は嚙み合っていない気がする。
メイが僕以外の誰かと結婚するとでも思ってそうだ。
「メイと結婚するのは、僕だ」
誤解を解くように、低い声ではっきりとそう宣言した。




