256話 メイと 二
「だめですか?」
メイが、何も答えることができないでいる僕を見つめてくる。
彼女に目が釘付けになる。
異性を部屋に誘ってはいけないと言わなければならない。
僕はメイに何かするつもりは――
ないと言い切れない……
メイにキスしたことを思い出してしまう。
僕はなんてことを……
思い出す度に罪悪感が湧く。
余計に駄目だ。
僕と二人きりになるのは、止めた方がいい。
いや、メイは二人きりで話したいとは言っていない。
イネスやミアも共に来るのかもしれない。
グレンにもいてもらえばいい。
「わかりました」
努めて冷静に言ったはずだ。
「俺は用がある」
グレンは即座に部屋を出て行ってしまう。僕が声を掛ける隙もなかった。
「わたし達も行きましょう」
メイにそう言われ、メイに続いて、部屋を出る。
グレンの姿は既に見えない。
振り返っても、イネスやミアが部屋から出てくる様子はない。
僕がいるのは、メイの部屋だ。
メイが部屋のドアを閉めてしまう。
ここには、僕とメイしかいない。
いつもは散々言うにも関わらず、イネスとミアは来ない。
「言っておきたいことがあるんです」
メイは真剣な眼差しを向けてくる。
余計なことを考えそうになる自分を殴りたくなってくる。
「わたしは遠い国から来たと言いましたが、別の世界から来たと言った方がいいかもしれません。わたしは魔法のない世界から来たんです。こことは全然違う世界です。突然、転移魔法のように、この世界に連れて来られたんです。これまで、元のわたしの世界に戻る方法は見つかりませんでした」
メイが早口で言う。
別の世界……
それがどういうものか、想像できない。
メイの言い方だと、その世界に戻る方法が見つかったかのようだ。
メイがいなくなってしまう……
「戻るのですか……? その世界へ」
僕にメイを止める権利はない。
それでも、戻るという答えは聞きたくない。
「この世界に来たばかりの頃は戻りたいと思っていました……でも、ここに残ります。それに、猶予はまだ、200年ぐらいあるみたいです。200年、人間の寿命より遥かに長いですね。かなり長い猶予です」
200年……確かに長い。本当に、200年も生きられるのかとも思うほどだ。
顔には出さないが、安堵していた。
「ただ……」
メイが口ごもる。
続きが言い難いのか。
良くない事なのだろう。
「メイ、話してもらえませんか」
何か悪い事だとしても、だからこそ、知っておくべきだ。
「わたしが元の世界に戻れば、わたしの眷属は生きていられなくなります……」
僕達が死ぬということだろう。
「200年も先の話です。それだけ生きれば十分すぎる程です」
「死ぬのは、怖いと思います……200年生きたとしても、その時になれば……」
「それは、ないとは言い切れません。ですが、僕だけ生き残る方が辛い事です。これから先、後悔のないように生きていきましょう」
メイが頷く。晴れやかという表情ではないが、少なくても沈痛な面持ちでもない。
メイが望むなら、叶えたい。
「その時になれば、ずっと、この世界にいることを選んでるかもしれません」
メイが言う。
「メイがそれを望むなら。どんな選択をしても、協力します」
「ありがとうございます……それに、やっぱり、いつも迷惑掛けることになってしまって、すみません」
「迷惑だと思っておりません。疲れたでしょうから、ゆっくり休んでください。それでは、僕は自分の部屋に戻ります」
僕は一刻も早く、メイの部屋から出るべきだ。
メイは言い難いことも誠実に伝えてくれたのだ。
抱き締めたいとか、考えてはいけない。
「待ってください。まだ、話があるんです」
部屋を出ようとする僕に追いついてきたメイが僕の腕を掴んだ。
そう言われては、そのまま部屋を出て行く訳にもいかない。
僕は再度、メイに向き合った。
今度は何を言われるのか、気が気でない。
嫌いだと言われれば、さすがに落ち込む。
「コーディ、結婚して下さい」
結婚!?
聞き間違いじゃないかと思った。
「はい、結婚します」
それでも、反射的に僕は答えた。僕には、それしか答えがない。
答えてから、もしかすると、偽装結婚ということだろうかとも考える。
まだ、僕の兄である王太子がメイに結婚を迫っているのか?
それとも、弟のレックスだろうか?
「本当にいいんですか? わたしと結婚しても」
メイが僕に問いかけてくる。
「勿論です」
そもそも、僕が言うはずだった。僕がメイに結婚を申し込むはずだった。
いや、一度、既にしている。
あの時は、有耶無耶になってしまったが。
いや、どうなのだろう?
そんなことより、僕はメイと結婚する。
メイを抱き締めていいのだろうか?
僕はメイと見つめ合っていた。
鼓動が速くなっている。
「コーディ、その、す、すきです」
メイが僕に抱き着いてきた。
「僕も、すきです」
何も考えず、メイを抱き締めた。
メイに一度だけ、キスをした。
まだ、夜ではないが、部屋には暗い陰ができている。
まだ、メイとは、正式に婚約はしていない。
無性にいけないことをしている気になってくる。
イネスやミアに知られれば、責められそうだ。
問い掛けられると、何も答えられない。
さすがにこれ以上、ここにいる訳にいかない。
「直に、晩餐です。僕は一旦、部屋に戻ります」
「そうですね。あの、結婚のことは宰相に話しておきます。それと、その、コーディの家族にもちゃんと言っておかないといけないと思います」
「家族には、僕から話します」
僕はメイの部屋を出た。
まだ、鼓動が速い気がする。
その日、食事は取らず、ずっと自分の部屋にいた。




