254話 侯爵邸にて
転移先で、わたしはがくんと落下した。
下にいた人を巻き込んだのを感じたが、どうしようもなかった。
下からかすかにうめき声が聞こえた。
わたしは青褪めた。わたしのせいで怪我をさせたかもしれない。
「メイ! よかったぁ!」
わたしが立ち上がる暇もなく、ミアがわたしに飛びついてきた。
なので、もちろん、重みは増した。
「ここに着くと、メイがいなくなっていて!」
もう少し、周りを見てほしいけど、目に涙を溜めるミアを見ると、何も言えない。
わたしはコーディを下敷きにしていた。
送ってくれると言うから、フォレストレイ侯爵邸だとは何となく思っていた。確かにフォレストレイ侯爵邸だ。見覚えのある部屋だ。
「ミア、わたしは大丈夫だから」
「どこに行っていたの?」
イネスが尋ねてくる。もう戻っていたらしい。淡々とした口調だけど、心配してくれていたんだろう。いつもと表情が少しだけ違うから。
わたしはそのイネスの質問の回答に迷った。
言ってしまっていいのか? でも、黙っているように言われたわけじゃない。でも、考えなしで話すのも、それでいいの?
「話せないのか? それとも、わからないのか?」
またしても、相変わらずなぶっきら棒さで、グレンが言う。
「セイフォードの神官長と会っていました」
「確か、彼も魔王国の方ね」
イネスが神官長のことを思い出すように言う。
「はい、そうです」
「神官長と何の話を?」
「わたし、神官長を疑っていたので。この王都で何度か、見掛けましたし。それで……神官長はアリシアさんや聖騎士をあんな姿にしたのは自分ではないと」
さすがに、元の世界に戻るという本題のことは話せなかった。
話したのは一部だけだ。嘘を吐いているようで心苦しいけど、やっぱり言えない。
「素直にそれを信じたのか?」
グレンが鼻で笑う。
「はっきり言って、わたしには判断がつきません」
「彼、かなり強いわよね」
「はい。ドラゴニュートなので」
そう、中々、戦って勝てる相手じゃない。
転移魔法に割り込んでくるぐらいだ。まあ、それがどれくらいすごいのかはわからないけど。
ただ、ライナスよりも強いかもしれない。というより、多分、ライナスより強い。
「あの、申し訳ございませんでした。お姉様からも魔王様のことを任されておりましたのに……全く、至らないことばかりでした」
リーナが頭を下げている。完全に項垂れているように見える。
リーナは全く悪くないのに。
失敗ばかりでへこたれそうなことはわたしにもある。
というより、至らないのはわたしの方なのだ。
「十分、リーナがいてくれて、心強かったから。これからも仲良くしてほしい」
「はい、魔王様」
リーナがうれしそうに微笑んでくれる。
めちゃくちゃかわいくて、頬が緩みそうだ。
そこで、ふと、わたしがコーディの上にいることを思い出した。
「ごめんなさい」
慌てて、コーディの上から降りる――そうしようとしているけど、ミアがいて立てない。
「ミア」
イネスがミアを引っ張って立たせる。
ようやく、わたしも立ち上がれた。
「女に乗られたぐらいで死なないだろ」
グレンはそう言うけど、わたしの体重でも落下の加速度も加わって、かなり痛いと思う。
「それより、あの神官長はドラゴニュートか。驚きはしないがな」
普通に話を進めないでほしい。
確かに少々の怪我ならすぐに治る。心配することなんて、何もない。
わたしが気まずいだけだ。
「その話だけだったのですか?」
コーディは下敷きにしていたことを気にした様子はない。何事もなかったようだ。
ダレルという聖騎士のことも話せていない。神官長が宰相の弟だということもまだ話せてない。
知っておいた方がいいに決まっている。
わたし一人では判断できないから。
わたしはあまりうまく説明できなかったけど、ダレルという聖騎士のこと、神官長が宰相の弟だと言うことを話した。




