253話 宰相の弟 二
わたしは元の世界に戻れる。
戻る方法がある。
すぐにでも戻れるのかもしれない。
でも……この世界の人達と別れないといけない。
前は戻る方法があるなら、すぐにでも戻りたかった。
今は……
別れるのがつらい。
それに、信じていいのかもわからない。実際には元の世界に戻れずに、わたしが死ぬだけかもしれない。
わたしの眷属はどうなるのか……
わたしは無言で、考え込んでいた。
その間、神官長はわたしの言葉を待つように、何も言わない。
「わたしが元の世界に戻れば、魔王の眷属はどうなるんですか?」
「私もはっきりとは申せませんが、おそらく、生きてはいられないでしょう」
その答えはわかっていた。誰に聞いてもそうなんだろう。
「あなた様に眷属がいることは存じております。猶予は200年もあるのです。私としても、魔王国の協力者として、できる限り長く、あなた様に留まっていただきたいと思っております」
この神官長の立場がよくわからない。
魔王国に敵対しているわけでもなさそう。全て嘘だということもないわけではないけど。
「存在を消すって、どういうことですか? 皆から忘れ去られるということですか?」
でも、前の魔王のことは忘れ去られてない気がする。
「あなた様の中で、この世界のあなた様の存在を消すということです。この世界の者は覚えております」
「どうすれば、そうできるんですか? わたしは光魔法しか使えないんですが」
「ある程度の魔力が残っていれば問題ございません。この世界から消え去る想像をして下さいませ。そして、魔力をあなた様の身体の隅々まで覆い尽くします。炎で灰になるまで焼き尽くすように。最後に、深く御身体を傷付けて下さい。そこから、魔力を体内へと流れ込ませます。内部を満たすように。もしかすると、傷付ける必要はないのかもしれませんが、その方が分かりやすいでしょう」
なんだか、かなり恐ろしい。
かなりの覚悟と勇気がいりそうだ。
失敗することもありそう。
失敗しても、痛いだけかもしれないけど。
それに、難しいのか、簡単なのかよくわからない。
うっかり、そんな想像をして消えてしまうこともあるんだろうか?
「どうしてそんなことがわかるんですか?」
「私は歴代の魔王様と関わって参りました。おそらく、兄よりも。元の世界に戻ることを強く望まれた方もいらっしゃいました。その為、私も望みを叶えられるよう研究しておりました。その集大成として、先代の魔王様は元の世界にお戻りになりました」
「そう、なんですね」
「くれぐれも、心にお留めおき下さいませ。あなた様をお送りする前に、彼を紹介しておきます」
ドアから入ってきたのは、多分、ダレルという聖騎士だ。
仮面は付けていない。
「残念ながら、彼は既に亡くなっております。死体を私が動かしているに過ぎません。相手は彼を見捨てましたので、私が拾いました」
「あの変な屋敷に閉じ込めたのはあなたなんですか?」
「その通りでございます。魔王様以外にも、狙われる恐れのあった者達を匿っておりました。それ以外にも何名か紛れ込んでしまいましたが」
「誰が狙っているのか、本当にわからないんですか? あなた以外のドラゴニュートの居場所はわかっていると、宰相が言っていました。その中の誰かということなんですか?」
「申し訳ございません。巧妙に隠されているのです。私では見当がつきません」
「わかりました」
「長くお引止めする訳には参りません。あなた様をお送り致します」
まだ、聞きたいことがある。ただ、すぐには出てこない。全然、整理できない。
ここから帰してくれるなら、もう、みんなの元へ帰りたい。
わたしは神官長に向かって、頷いた。
神官長は転移魔法を使った。わたしの周りだけが淡く光る。
神官長の姿がすぐに見えなくなった。




