252話 宰相の弟
わたし一人だけ。不安は不安だけど、どうしようもない。
壁を壊す手段がない。
助けも来るかわからない。
閉じ込められた。
それでも、割と落ち着いていると思う。
きっと、色々と慣れたからだ。
痛い思いはしたくないけど。
何もない部屋の中央ですることもなく、座り込んだ。
慌てても仕方ない。こういう時は、悠然と構えておくべきだ。
すると、何もなかった部屋にドアが現れた。
わたしが何か考える間もなく、ドアが勝手に開いた。
そこから現れたのは、さっき見かけたセイフォードの神官長だった。
「ご無礼を致しました、魔王様」
神官長がわたしの前に跪く。
真っ白の髪だけど、若い姿の神官長だ。
「私はアーノルド・セシル・デル・フィーレスでございます。魔王国宰相の弟です。偽名を申しましたこと、深くお詫び申し上げます」
神官長は確かに宰相の弟の名前を名乗った。
でも、ドラゴニュートの特徴がない。
何が本当なのか、判断ができない。
「元々、私の髪も他のドラゴニュートと同様の色でした。現在はこのように白くなってしまいましたが。瞳の色は隠しているだけです」
神官長の瞳が金色になる。
わたしが神官長の髪や目を見ている事をわかっていたんだろう。
怒ってはいないようだ。
「どうして、わたしをここに?」
「魔王様と二人だけでお会いしたかったのです。これまでその機会を得られませんでしたから。こちらへどうぞ」
神官長に促され、ドアを通り、その先の部屋へ移動した。
シンプルな部屋だった。窓があって、青空が見える。部屋の中央には座り心地の良さそうなソファとテーブルがあり、更に、お茶とお菓子が用意されている。
ソファに座ると、わたしは早速、聞きたいことを神官長に投げかけた。
「あなたが、アリシアさんをあんな姿にしたんですか? 聖騎士も」
「証明はできませんが、私ではありません」
「じゃあ、誰があんなことを?」
「まだ、分かっておりません。私と同じドラゴニュートだとは思われます」
「シンリー村を襲ったのも、魔獣を作っていたのも、さっきの魔獣も、あなたじゃないんですか?」
「シンリー村の地下の施設は元々、何代か前の魔王様の研究施設でした。その方が魔獣を作り出したのです。ただ、昨今の魔獣はその魔獣とは明らかに変わっております。何者かが手を加えているのです」
神官長は衝撃的なことを言ってきた。
魔獣の元凶、やっぱり、魔王!?
そんな魔王、放置していいの!?
そう言えば、宰相は最初に会った時、好きにしていいとか言っていたっけ。王国を滅ぼしてもいいとか。
……
王国が滅びていないのは、そういう魔王が現れなくて、運がよかったからなんだろうか?
「そんな研究をさせていいんですか?」
「魔王様の望まれた事ですから」
神官長は全く悪びれることなくそう言った。
「私は魔王国を出ておりますが、今も魔王国を大切に思っております。魔王様は無くてはならない御方なのです。現在の魔王様でありますあなた様は大事な御方なのです。それは今も変わることはございません。私の王であり、神なのです。私にできることがございましたら、何でも致します」
彼は狂信的過ぎると思う。敵なのか、そうでないのか、よくわからない。
「わたしをここから出してくれますか」
「これだけはどうしても、魔王様にお伝えしなければならないのです。お越しいただいたのも、これをお伝えする為です」
神官長はそう前置きし、
「魔王様、決して、魔力を使い果たしてはなりません。寿命を迎えてはならないのです。200年程は問題ございません。それを過ぎれば、どうか、自ら命を絶って下さいませ」
真剣な目つきでわたしを見つめる。
「どうして、ですか? わたしに死ねと?」
「私の言い方が悪いのですね。魔王様はこことは違う別の世界の御方でしょう。魔力が残っていれば、あなた様の世界に戻ることができます」
「じゃあ、前の魔王は、元の世界に戻ったんですか?」
「ええ、戻りました。魔王様の意志で。きっと、宰相である兄はこのようなことは言わないでしょう。出来る限り、魔王様に留まっていただきたいと考えておりますから」
元の世界に戻れる。
ただ、本当のことなんだろうか?
失敗すれば、本当に死んでしまうかもしれない。
「……どうすれば、元の世界に戻れるんですか? 心臓を止めればいいんですか?」
「身体をいくら破壊されようと、魔王様が亡くなることはございません。方法は御自身で、この世界での御自身の存在を消す事でございます」




