251話 王都観光 十二
「第一騎士団のフォレストレイ団長……こんなに近くで……」
瀕死だったカールが何事もなかったかのように、ウィリアムを熱い眼差しで見つめる。
完全に回復はしていると思うけど、かなりの痛みだったはずだ。精神力が強い。
どこか、わたしに似ている気も……いや、そんなことない。
どうでもいいことを考えられるくらいには、今は落ち着いている。
危機は去った、と思う。
死者もでていない。
騎士の一人がエヴァーガン団長に伝えていた。
敵がいなくなった理由はわからないけど、都合のいい結末だった。
「聖騎士に憧れていたんじゃないんですか?」
手持ち無沙汰なわたしはカールに声を掛けた。
前のわたしなら、よく知らないカールに声なんて掛けなかった。
「それはそうですが、第一騎士団の団長ですよ! 第三騎士団の私が会う機会なんて全然ないのです」
「また、彼に叱られるのでは?」
コーディが口を挟んでくる。
カールはちらっとエヴァンの方を見て、ほっとする。
叱られる自覚はあるらしいが、エヴァンはわたし達の方を見ていない。
「コーディ、せっかくのフォレストレイ団長を見ることができる機会じゃないか。騎士学校に行っていたんだろう?」
「そうかもしれません」
コーディは一応、カールに答えた。
「ウィリアムって、第一騎士団の団長だったんですね」
誰も教えてくれなかったけど、と心の中で付け足す。
それに、団長が一週間くらいいなくてよかったんだろうか。わたし達とゼールス領に行っていたから。
「まあ、そうですね」
コーディは少し、含みのあるような言い方をする。
もしかして、コーディはゼールス領から戻った後、ウィリアムに叱られたのかもしれない。
「さすがに呼び捨てはしない方がいいですよ。相手は騎士団長で、侯爵家の方なのですから」
カールにそう言われる。確かにその通りだ。失言だった。
そのフォレストレイ団長とエヴァーガン団長が二人してわたし達を睨んでいた。
実際は睨んでいるわけではないかもしれないけど、謝らないといけないように思えてくる。
カールは固まっていた。本当に蛇に睨まれた蛙みたいだ。魔獣相手には突撃していったのに。
「ここは第三騎士団に任せることになった。コーディ、彼女達を連れて屋敷に戻るように。ジェロームは好きにするといい」
ウィリアムが普段通りの口調で言う。
「市街の警備は我々第三騎士団の管轄です。聞かなければならないこともあります。少なくとも、彼ら5人は聖騎士。話せないと言うことはないはず」
コーディやジェロームが答えるより早く、エヴァーガン団長が言う。
ジェロームがエヴァーガン団長のすぐ前まで堂々とした足取りで進む。
「おい、ジェローム」
カールがジェロームを止めようとする。
ジェロームは止まらないけど。
ジェロームがローブを脱ぎ去った。そのローブはコーディに押し付けた。今日は髪を束ねていない。服も庶民的なものだ。なのに、めちゃくちゃ堂々としている。服がどうのとは感じさせないくらい。
「私は、聖騎士ジェローム・ダレル・フォレストレイ。私達は襲撃を受け、聖堂が破壊された。聖騎士団としても対処の必要がある。話ならば、その機会は後日設定してほしい」
ジェロームはそう宣言すると、口を挟む隙も与えず、踵を返し、歩き去った。他の聖騎士も連れて行った。
絶対に面倒事に巻き込まれたくないだけだ。
わたしもできればすぐにこの場を去りたい。
ジェロームの行動に誰も何も言わない。ウィリアムも表情は変わらない。
聖騎士がいなくなって、残されたわたし達、特にコーディは問い詰められるんだろうか。
「僕達はエヴァン・レノルズ、カール・ブラウン二人の騎士と共におりました。彼らと同じことしか答えられません。彼らに聞いて下さい。彼女達をここに留めておく訳には参りません」
コーディが強い口調で言うと、ローブのフードを取る。
エヴァーガン団長はじっとコーディを見る。
「承知致しました。フィニアス殿下」
エヴァーガン団長が頭を下げた。
コーディは振り返り、
「今日は帰りましょう」とわたし達に言う。
「コ、あ、フィ、フィニアス殿下! 申し訳ございません!」
カールは深々と頭を下げている。
「後は頼む」
コーディはそう言うと、わたし達を促し、歩き出す。
振り返らず、広場を出た。
広場はずっと息が詰まるようだった。
広場周辺には騎士の姿しか見えない。一般人は避難したんだろう。
騎士からも見えない人気のない場所に移動した。
「転移魔法で帰りましょう」
コーディがわたし達に言う。
もちろん、わたし達は頷く。
コーディの転移魔法でフォレストレイ侯爵邸に帰る。
着いた先は殺風景な部屋だった。家具も何もないし、窓もない。ドアすらない。
傍にいたはずのコーディはいない。ミアとリーナもいない。
ここは明らかにフォレストレイ侯爵邸ではない。
わたし一人だ。
一人になってしまった。
 




