249話 王都観光 十
「敵、というのは本当ですか? 違っていれば、教会に睨まれますよ」
エヴァーガン団長がウィリアムに向かって、剣のある言い方をする。
「あれらが真面な聖騎士に見えるのか? 残念だが、敵ということは揺るがない。言っておくが、聖騎士団全てが反旗を翻したのではない。彼らは例の聖騎士だ」
ウィリアムの言い方もかなりきつい。
緊張感が漂う。
ウィリアムは十分、聖騎士の強さを知っている。シンリー村で実際に見ている。
「なるほど、あれが。では、あれを討伐するのですね。あの人数で我ら騎士団を前に姿を現すとは大したものだ」
エヴァーガン団長も失踪した聖騎士のことは聞いているようだ。
団長だから、当たり前かもしれない。
どういう聞き方をしているのかまではわからないけど、操られている死体だとかは聞いてないのかと思う。その強さも。
普通に考えれば、たったの9人で大勢の武装した騎士達を相手にするなんて無理だろう。
「いや、第三騎士団は撤退だ」
「それは教会の判断ですか!? 聖騎士団に任せるとしても、この場にいる聖騎士だけで勝てるとは思えません」
当然のようにエヴァーガン団長は納得していない。
「教会はあれらの離反を認め、国に仇なす共通の敵となった。教会は関知していない。これは私の判断だ」
「わかりかねます。貴方の方が立場は上ですが、だからと言って、第三騎士団が貴方の命令に従う謂れはありません」
「あれらはただの聖騎士ではない。魔獣に近いものだ。人とは思えない。ここにいれば、私達が全滅する」
聖堂の前の聖騎士達はまだ動いていない。
すぐに逃げた方がいいんだろう。逃げられるかはわからないけど。
「それは、おめおめと逃げろと? それなら、貴方方が逃げるべきです。我ら第三騎士団が盾でも剣でもなりましょう」
「第一騎士団、民衆を広場から遠ざけろ。私一人はここに残る」
ウィリアムが命令を下す。第一騎士団のリーダーはウィリアムらしい。まあ、先頭にいるからそうだろう。
ウィリアムと一緒にいた第一騎士団の人達は素直に従い、離れていく。
聖堂前の9人の聖騎士達に未だ、動きはない。
ただ、こちらを見ているだけだ。
わたし達の準備が整うのを待ってくれているようだ。
街の破壊や虐殺が目的ではないからだろう。多分、用があるのは、わたしかコーディのような気がする。
「部下達を死なせる訳には行かない。あれらの恐ろしさを私はよく知っている」
そこで、騒々しい足音が割り込んでくる。
「王国騎士殿、お待ち下さい! 私達の団長と仲間に剣を向けるのですか!?」
残っていた4人の聖騎士達だった。もちろん、普通の人間だ。
というより、あの聖騎士の一人は聖騎士団の団長だったのだと、初めて知った。
「話は付いていたはずだが? あれらは既に聖騎士ではない」
ウィリアムは酷く冷たい言い方をする。
「しかし――」
言い募ろうとする聖騎士をジェロームが制止する。
「止めろ。あれは私達の知る彼らではない。彼らの意思はもうない」
「……」
4人の聖騎士達は何かを言いかけ、ぐっと黙った。
「エヴァーガン団長、あれらと戦うなら、貴方一人でも構わないはずだ。他の騎士は民衆の避難を」
「我らのことは我らが決めます。第三騎士団団長は我だ」
ウィリアムの提案をエヴァーガン団長は頑なに拒否する。
「エヴァン・レノルズ、カール・ブラウン、彼らの避難を」
エヴァーガン団長はわたし達に視線を向ける。
わたし達を避難させるように言っているんだ。
でも、あの聖騎士達はわたし達を追いかけてこないだろうか。
どうするのが正解か、わからない。
話が通じるなら、一度、あの聖騎士達と話してみるのがいいかもしれない。話し合いで解決するなら、平和的だ。
現に聖騎士達は襲ってこない。
騎士道精神とか何だろうか?
というよりは、別の目的があるように思う。
「僕はここに残ります」
コーディがそう宣言する。
「相手は魔獣ではなく、人間です。ここは騎士団に任せて下さい」
エヴァンが冷静に言う。
実際にはもう人間とは呼べないかもしれないけど。
「コーディが残るなら、わたしも残ります」
戦えないけど、残ると言ってしまった。エヴァンには悪いと思うけど。
「ボクも戦えます」
「わ、私も頑張ります……」
ミアとリーナも残る気で、それぞれ気合を入れている。
「いえ、貴女方は離れて下さい。私達がお連れ致します」
我儘は許さないとばかりに、エヴァンがぴしゃりと言う。
「さあ、もういいだろうか。さすがに待ちくたびれた。逃げたいのであれば、すぐに逃げるがいい」
9人の仮面を付けた聖騎士の一人が流暢に声を発する。
全員の視線がその聖騎士に向く。
やっぱり、待ってくれていたようだ。結構長い一連のやり取りの間中。
逃げていいと言ってくれたが、誰も逃げなかった。
そう言うわたしも逃げたいとは口に出していない。本当は逃げたいけど。しかも、一度、残ると言ってしまっている。
第三騎士団の人達も全員残ったままだ。
わたしが騎士に対して何か言えることはない。
この状況で言うような度胸はない。
騎士団の人達からすれば、わたしは部外者だ。
その辺りにいる一般市民だ。
9人の聖騎士達が一斉に動き始めた。
攻撃して来ないなんてことはなかった。




