247話 王都観光 八
小さな魔獣の最後の一匹をジェロームが倒した。
「無事でよかった」
エヴァンが呟いた。
本当に、カールが無事でよかった。死んでしまうんじゃないかと思ってしまったから。
幸いに、浴びた魔獣の体液も毒とか酸ではなさそうだ。
わたしも無茶なことはしないようにしよう。反面教師というやつだ。
コーディとジェロームも大きな怪我はないようだ。
魔獣はいなくなった。後の問題は、すぐ近くにいる騎士団の団長さんだ。
証言を求められたりするんだろうか。
「怪我があれば、手当をしないといけませんので」
わたしは何か言われる前にコーディとジェロームの元に向かった。
リーナにも特に止められなかった。
リーナとミアもわたしについて来る。
「まだ、危険かもしれません」
振り向くと、エヴァンもわたし達を追いかけてきた。
その時、ふと、知っている人と目が合った。
正確には人じゃないけど。
真っ白の髪が印象的だ。
神官長の装いじゃないし、若い姿だ。
どうしても名前が思い出せないけど。
わたしから隠れるというわけじゃなく、むしろ、認識させたい感じだ。
間違いなく、セイフォードの神官長だ。
今は構っているほど、暇じゃない。いや、あやしいけど。何かありそうだけど。
今は無理だ。
というわけで、コーディとジェロームの元へ駆けつける。
大きな魔獣は骨も見えて、ぐちゅぐちゅになっている。
近くで見ると、かなりグロテスクだ。
普通の人間にはかなりの脅威だけど、失敗作のような気がしてならない。
誰かが作ったのは間違いない。
もしかして、作ったのは神官長だったりする?
「あまり見ない方が」
コーディが魔獣の死体を遮るようにわたしの前に立つ。
「大丈夫です。コーディの方が大変だったと思いますし。あんなものを相手にするのは……」
いつも思う。わたしも本当はカールのように駆け付けたい。わたしも強ければ、一緒に戦うのに。
確かに、魔獣の死体は気持ち悪いけど、そんなことじゃない。
「怪我はないか、ブラウン」
エヴァンがカールに声を掛けている。
近くで見ると、カールはかなりひどいことになっていた。
気持ち悪いものがカールに付着して、全身、びっしょり濡れている。
「はい、ありません……私は役に立てませんでした……」
カールは気落ちしていた。エヴァンに励ましてほしいかのように、エヴァンに近づこうとする。
「いや、来ないでくれ。汚れる」
エヴァンは清々しいほど、全力でカールを拒否していた。
「体を洗うまで、絶対に誰にも近づくな」
エヴァンがカールに言い含めている。
「そ、そんなぁ」
「自己責任だ」
エヴァンに嫌がられているが、カールは特に痛がるそぶりはないし、怪我も本当にないんだろう。
うん、無事でよかった。
「すみません。わたし、余計なことをしたかもしれません。こんなことになるなんて……壊れた建物に誰かいたかもしれません……」
「メイのせいではありません」
コーディがわたしを抱き締めてくれた。
「僕はどんなことがあっても、あなたを愛しています」
届くなら、すぐにでもコーディにキスしていたかもしれない。身長差で届かないけど。
わたしはコーディの胸に顔を埋めた。
今は泣いてないから、涙も鼻水も付かないと思う。
それでも、今のわたしの顔は見せられないかもしれない。
「カール・ブラウン」
さっきも聞いた団長の声が割と近くから聞こえた。
あの場に留まっているか、帰るかしてほしかった。
団長はカールのフルネームも知っているなんて。団員が何人くらいいるのか知らないけど。何かしでかして覚えられているだけかもしれない。
というか、今は、コーディと二人きりではない。
周りに騎士達がいる。それに、その騎士達の団長までいる。
なんだか、まずい気がしてきた。
処罰でもされないだろうか。
まあ、この場で一番身分が高いのは、コーディのような気はする。だから、大丈夫だとは思う。
「コーディ、あのなあ」
ジェロームが呆れた声を上げた。
「コーディ様、ダメです! メイを放してください!」
ミアの怒ったような声もすぐ近くで聞こえる。
さすがに兄とミアに言われたからか、それとも、周りに人がいることに気付いたからか、コーディはわたしを放した。
ちなみに、カールの側にいたはずのジェロームは魔獣の体液を全く浴びていないようだ。一番魔獣の近くにいたコーディも。
二人が着ているローブはただのローブではないかもしれない。出処は魔王国かもしれない。




