244話 王都観光 五
現れた魔獣は姿だけなら、セイフォードの魔獣と変わらない。大きな魔獣だ。
今なら、わかる。転移魔法が使われている。魔獣を人為的に転移させている。
光に包まれた剣は大丈夫だろうか。
元々、闇魔法で作られていた剣だ。打ち消して、突然、消えたりしないだろうか。
自分に掛けた魔法に自信が持てない。
広場にいた人達は聖堂と逆方向に逃げていく。
さすがに神官と聖騎士は留まり、ジェロームも合流し、誘導と逃げ遅れている人の支援を行っていた。
「ここは危険かもしれません。避難しましょうか」
カールがわたし達に聞いてくる。
「ここにいます」
多分、わたし達がいることを知っているんだと思う。
誰を狙っているのかはわからない。
わたしかもしれないし、コーディかもしれない。
それなら、わたし達は動かない方がいい。
囮には確かになったんだろう。
……こうなった場合、どうすればいいのか……考えてなかった。
でも、被害を出したかったわけじゃない。
あの操られている聖騎士の姿も見えない。
別件というわけでもないはず。
どこかにいるんだろうか?
「どうして、こんな場所に魔獣が。こんな所まで入り込んでいれば気付くはずだ」
「誰かが意図的に運んだ恐れがある」
カールとエヴァンがそう話しているのが聞こえる。
「その、やはり、騎士の私達が何もしないというのは」
「彼女達を無事に送り届けるのが私達の仕事だ。放っておく訳にいかないだろう。それに、することがあるかもしれない。首謀者が近くにいる可能性もある」
「それはそうなのですが……」
そのカールはわたし達の方を向く。
「魔獣退治では命を落とすことも、大怪我を負うことも。魔獣退治の経験が豊富な方が居合わせていたことは幸運ですが、通常は私達より頑強な獣人がしている事が多い。彼は獣人ではないのでしょう? 彼が危なくなれば、私も行きます」
カールが重苦しい雰囲気で言う。
コーディは経験豊富と言えるのか、それに、魔獣退治専門でもない。
魔王国の仕事を手伝っていたようだから、そういうこともしていたんだろう。
カールが言いたいことはわかる。
ミアのお父さんは魔獣退治で大怪我をしたらしい。
セイフォードでわたしが無茶をしたせいで、コーディに大怪我を負わせてしまった。
わたしが戦えれば……
でも、同じ失敗はしない。わたしが行っても邪魔だ。
あの一匹だけなら、コーディなら、大丈夫だと思う。魔獣の魔法は厄介かもしれないけど。
というより、カールを魔獣の元に行かせない方がいい。真っ先に死にそうだ。
エヴァンに止めてほしいけど、その頼りのエヴァンは何も言わない。エヴァン自身もカールと同じように考えてるかもしれない。
「コーディもジェロームも強いので、大丈夫だと思います。わたし達の側にいて下さい」
「コーディは騎士学校を卒業しているのですか? 中退したのではなくて?」
カールは同意せず、質問してきた。
「はい、そう言っていました」
「彼がそう言っていただけなのですね。同期と言っていましたが、僕はコーディという方を知りませんし」
「確かに聞いただけですが、間違いはないと思います。ジェロームも長男のウィリアムも騎士学校を卒業しています。現に二人は騎士になっています」
「では、どうして、コーディは騎士になっていないのですか? 卒業したなら、騎士になれるでしょう」
「それは事情があって……」
グレンが勇者に選ばれなければ、コーディは騎士になっていただろう。
「ジェロームが騎士というなら、その所属はわかりますか?」
「そういうことは全然わかりません。聖騎士なのは間違いありませんが」
「え? 聖騎士? ジェロームが?」
「全然、そうは見えないのはわかります。他の聖騎士はもっとちゃんとした人だと思います。でも、確かです。だから、神官や聖騎士のことはジェロームに任せておいていいと思います」
「もう、いいだろう、ブラウン。現に、コーディは魔獣相手に足止めしてくれている。避難も順調だ。彼らの経歴は今、どうでもいい。この異変に気付いて、応援が来るだろう」
エヴァンがわたしとカールの間に入ってくる。
聖堂周辺はわからないけど、広場にいた人達に被害はなさそうだ。
転倒した人や動けない人もいるようだけど、聖騎士や周りの人が手を貸している。
魔獣の魔法攻撃もコーディが防いでいる。
こんな人目のあるところで闇魔法を派手に使えないから、コーディは大変だろう。
魔獣が魔法攻撃中心なんて、想定外だろうし。
何魔法か不明だけど、中々威力のありそうな魔法だ。まともに当たれば、致命傷になりそうだ。
うまく剣で魔法を防いでいるように見せている。ちょっと無理がある気はするけど。
今、あの魔獣に対抗できるのはコーディとリーナぐらいだろう。
魔獣の魔法攻撃が中断したタイミングで、コーディが魔獣と距離を詰める。
コーディが魔獣の頭を斬り落としたのは、一瞬のことだった。
魔獣の倒れる音がした。
セイフォードと違って、他の所で魔獣が暴れているような雰囲気はない。
「倒したのか、一人で」
カールが呟く。
コーディはしばらくその場に留まっていた。
さすがに頭のなくなった魔獣が動くことはなかった。
わたしやコーディを狙っていたのかはよくわからない。
たった一匹だけど、コーディがいなければ、かなりの被害が出ていたはずだ。街を破壊するには有用だったと思う。
だけど、わたし達がいるなら、一匹ぐらいならどうとでもなる。
残っていた人達から歓声が上がる。
魔獣はいなくなったし、とりあえずは落ち着ける。
コーディがわたし達の元に戻ってくる。
「さすがに初手で魔法を放つとは思っていませんでした。あのような魔獣は僕も初めてです」
わたしに、ではなく、おそらく、エヴァンとカールに向かって、コーディが言う。
「コーディ、怪我はないですか?」
念のために確認する。一見すると、特に怪我をしているようには見えない。着ているローブに血は付いていないし、光る剣にも血は付いていない。
「ありません。少し手こずってしまいましたが」
優しい口調でコーディがわたしに答えてくれる。顔はよく見えないけど。
「見事だった、コーディ。私が行くまでもなかったな」
軽い口調でそう言いながら、ジェロームが駆け足でやってくる。
剣を持ったままなので、その方が逆に危なそうだ。
わたしなら転んで、自分を刺しそうだ。
というより、あの剣、どうすれば消えるんだろう?
「一人で戦わせて申し訳ありません。この件はしっかり報告致します。功績により、騎士に取り立ててもらえるかもしれません。貴方の名は?」
エヴァンは軽く頭を下げた後、騎士になるべきだと言うようにコーディを見据えた。




