240話 王都観光
翌朝、わたしは見事に寝坊した。
きっと疲れていたからだ。心理的な負担で。
やっぱり、目覚まし時計は必要かもしれない。
部屋を出るとイネスとミアが待っていた。
昨日はメルヴァイナ、リーナと夜ごはんを食べたし、二人には侯爵邸に戻ってから会う機会がなかった。
それから、イネスによる剣術の稽古、その後から、マナーにダンス。
お願いしている立場だけど、ちょっとつらい。
昨日のダメージがまだ回復していない気がする。
それに、国王の誕生祭のパーティーでダンスすることが最終目標じゃない。
そう、わたしにはすべきことがある。
今は他にできることが考えつかないだけだ。
国王からは何の連絡もないらしい。
そう言えば、王国と魔王国との連絡手段はどうなってるんだろう?
3日後、イネスが不在とのことで、ミアと出掛けることにした。
その間、全く、動きはない。
だから、と言うわけでもないけど、王都をもう少し見ておきたいと思ったのと、わたしが動くことで何かが起こるかもしれないと思ったから。
ミアの他にもう一人、リーナも一緒だ。
メルヴァイナに一応伝えれば、リーナも連れて行くように言われた。
イネスが頼んでおいてくれた馬車で大聖堂の近くまで送ってもらった。
帰りも時間になれば迎えに来てくれるらしい。
人は多いけど、セイフォードの方が活気があった気がする。
とりあえず、わたし達は大聖堂へ向かう。
大聖堂には誰でも入ることができるとイネスから聞いている。
ただ、セイフォードと違うのは、前方は王侯貴族でなければ、立ち入れないということだった。
差別だと、もやもやすることはあったけど、大聖堂の中に入った。
こういうところにはこれまで因縁があるから、何かあるかもしれない。
大聖堂の中は静かで荘厳だ。
ここでも、主神はいない。女神像があるだけだ。
シンリー村のデリアの言っていたことを思い出す。
主神は魔王だと。
方向はよくわからないけど、ここも魔王国の方を向いているのかもしれない。
何だか違和感だらけの宗教だ。
色々混ぜて、真実を隠しているということだろうか。
わたしには胡散臭く思えるけど、それが当たり前だったら、そうは感じないんだろう。
そんなわたしでも、大聖堂内は神聖な気がしてくる。
熱心に祈りを捧げている人達がいる。
ステンドグラスから差し込む光が幻想的だ。
しばらく長椅子に座っていたけど、何も起きなかった。
うん、そんなものだよね。次に行こう。
次に向かったのは、前に行った聖堂だ。
そこから、変な屋敷に転移させられて、閉じ込められた。
その聖堂は現在、修復中らしい。一般の人は入れなくなっている。
なので、少し離れて見るしかない。
ミアとリーナには今回のお出掛けは観光だと言ってある。
これ以上、ここにいても仕方ない。
「メイ様、聖騎士をご覧になるのですか?」
リーナがわたしに尋ねてくる。前より、リーナの声が大きくなった気がする。わたしの自惚れかもしれないけど。それに今日のリーナは裏リーナではなさそうだ。
「ここを通る聖騎士を拝見される方は多いと伺いました」
アイドルの出待ちのような光景だ。
フィーナを含めた聖騎士のファンだ。
もちろん、わたしはファンじゃない。
「そうじゃなくて。あの聖堂がどうなっているか気になっただけなの。前の騒ぎで大分、壊れたから」
「そうなのですね」
「少し早いけど、お昼を食べに行かない? ミア、どこか知ってる?」
「獣人はこの辺りには少ないらしくて。ボクはこの辺りに来るのは初めて」
今日のミアは耳としっぽを隠している。
余計なことを言ってしまった。
「あっ! 向こうからおいしそうな匂いがする! メイ、リーナ、行ってみようよ!」
ミアが元気そうな声を上げる。
気にしていないのか、むしろ、わたしが気遣われているのか。
わたしの方が1歳年上なのに。
匂いを辿って着いたのは庶民的な食堂だ。
おすすめを注文して、運ばれてきたのはシチューのような煮込み料理と白っぽい物体だ。
白っぽい物体は多分、小麦か芋を練ったものだと思う。
素朴でおいしい。
おいしいものを食べているのに、近くの席からため息が漏れる。
「最近、王都の近辺でも魔獣が増えてるらしい。外に出たくないなあ」
「俺、魔獣なんて、見たことないが、実際どうなんだ?」
「知る訳ないだろ? 俺も見たことがない。でもなあ、実際、遭遇すれば、八つ裂きか丸焦げだって話だ」
「黒門が開かれた、とかいう話もあるそうじゃないか」
男二人がそんな話をしている。
黒門は魔王国と王国の境界にある門だ。黒門って言ってるけど、通常は白い。30年毎のメンテナンスの時期に黒くなるというあの門だ。
黒門の向こうには魔王がいる。今はいなくて、ここにいるんだけど。
なんて思いながら、男二人の話を聞いていた。
街の雰囲気が微妙なのは、そんな噂のせいかもしれない。
昼食の後は特に行く当てはない。
ということで、適当に歩くことにした。
大聖堂が見えれば、迷うことはないと思う。
どんな店があるのか、どんな食材があるのかとか、気にならないわけじゃない。
いい感じの路地や雰囲気のいい道もあった。
写真を撮ればいい感じに撮れそうだ。
カメラがあれば、三人で撮ったところだ。
適当に歩きすぎて、どの辺りにいるのか全然わからない。
大聖堂は……なんと、見えない。
大聖堂が見えそうなところまで移動するか、その辺りの人に聞くしかない。
まあ、街中なのに、人、見当たらないけど。
「ミア、大聖堂までどう行けばいいかわからない?」
「ごめんなさい。ボク、全然わからない。リーナはどうですか?」
「申し訳ありません……わかりません……」
「ううん、わたしが悪いから……ごめんなさい」
三人で項垂れていた。
やっぱり、知らないところを適当に歩いてはいけない。
何かありそうな気がして行ってみたくなるのは、控えないといけない。
それ程、治安がいいわけじゃない。誘拐が頻発するほどなのだ。
その時、何人かの足音が近づいてきていた。
駆け足で急いでいるようだけど、できれば、道を聞きたい。
男三人の姿が見えた。
「退け!」
その内の一人に怒鳴られた。
道を聞ける雰囲気ではないのは確かだ。
急いでるのはわかるけど、怒鳴らなくてもいいと思う。
別の一人が急に立ち止まり、ミアにナイフを突きつけた。
わたしは呆然と見ているしかできなかった。
他にも複数の足音が迫っているのを感じた。




