24話 魔王国にて
わたしは、魔王になった。
魔王を討伐するため、勇者パーティについて行って、わたしが魔王になってしまった。
わたしがここで目を覚まして、宰相と会った翌日。朝食を取った後。
魔王。魔王。
ん。うーん。
ベッドの上で悶える。
魔王ということは、勇者パーティの敵、王国の敵。
皆に合わせる顔がないとはこのことだ。
でも、よく考えれば、魔王が悪だというのは、偏見なのかもしれない。
実際、王国は平和だった。王国に攻め入ったりはしていない。歴代の勇者も殺されていない。
話せば、わかってもらえるだろうか。
ベッドの上でゴロゴロしていると、
「魔王様、お勉強の時間でございます」
そう言って、メイドが呼びに来た。
魔王になって、最初にすることは、勉強だった。
そういえば、宰相も学ぶように言っていた。
結局、高校生と変わらない。
勉強は嫌いなわけではない。好きとも言えないが。
ただ、知識は必要だ。
メイドの案内で、わたしは一室に入った。
そこには既に何かがいた。その何かは、わたしが入室するなり、立ち上がり、深々と礼をする。
きっと、この何かが教師なのだろう。
教師は、年齢不詳、そして、明らかに人間ではない。多分、服などから、男だと思う。
一見すると、木を依って人型にしたような姿だ。
「魔王様、わしは、ゴホールと申します。種族は、トレントですな。本日より、魔王様には、勉学に励んでいただきます。わしからは、この国の歴史や世界情勢、この国に住まう種族について、お教え致しましょうぞ」
「は、はい。メイ・コームラです。よろしくお願いします」
ゴホールは、頷くと、椅子に座る様に促してくる。
「あの、早速なんですが、ドラゴニュートはどういう種族なんですか?」
「早速、質問ですな。知識に貪欲なことは何よりでございます」
ゴホールは、優しい木のおじいさんだ。
魔王の国は、荒んで、魔獣が蔓延るような恐ろしいところかと思っていたが、そんな様子は一切ない。
会う人も、人ではないかもしれないし、実際にどう思っているかはわからないが、親切にしてくれる。
ゴホールは、ドラゴニュートについて、詳しく説明してくれた。
ドラゴニュートは、わたしが想像する通りのドラゴンへと変身できるのだそうだ。
かなり見てみたい。
飼いたいとか言っていたイネスのことが思い出され、寂しくなる。
おそらく王国で神の使いとされるドラゴンが彼らドラゴニュートなのだろう。
ドラゴニュートは数が少ないらしい。子が産まれにくいそうだ。
ゴホールは、最近、そのドラゴニュートの子が産まれたのだと、うれしそうに言っていた。
その日の午後、また、宰相に呼ばれた。
場所は、あの仰々しい玉座の間ではなく、豪華ではあるが、ほどほどの大きさの部屋だった。
入った部屋には、既に宰相がいる。
宰相はかなりの美形だ。見た目は若い。ただ、実年齢はよくわからない。先ほど、ドラゴニュートは長命だと聞いた。
「ご足労いただき、申し訳ございません、魔王様」
「い、いえ、お気になさらず」
どうも、この宰相には委縮してしまう。もっと、堂々としていなくてはならない。わたしが利用するつもりで臨まないと。
わたしを魔王にして、この宰相が何を企んでいるのか、全く、わからないからだ。
「昨日、申しておりましたあなた様の護衛を紹介させていただきたく存じます」
「どうぞ」
わたしは宰相の傍に控えていた四人に視線を移した。
「護衛として、この四人をお使いください。人間ではありませんが、見た目には人間と変わらない者を選んであります。魔力も特に強い者達でございます。まず、これは、先日生まれた私の甥でございます」
「伯父上、私は生まれて既に24年が経ちます」
宰相の最も近くにいた男は、宰相には顔を向けず、わたしを睨みつけるように見ている。
男の口調は怒っているわけではなく、何の感情も感じられない。
宰相と同じ、淡い青色の髪に、金色の瞳。肩より少し長い髪を束ねている。
彼もきっと、ドラゴニュートだ。もしかしたら、ドラゴンに乗れるかもしれない。
というより、ゴホールが言っていた最近産まれた子というのは彼のことではと思わなくもない。
「魔王様の御前です。口答えをするなど許されません。魔王様、彼らが無礼な振る舞いをするのであれば、遠慮なく、厳しく躾けていただきますよう」
「失礼致しました。魔王様。私は、ライナス・エメリー・デル・フィーレスと申します。種族は最高位であるドラゴニュートでございます。誠心誠意、お仕えいたしましょう」
謝罪を口にするが、全く、誠意は感じられない。義務的に言っているだけだ。
一応、恭しく礼をとってくるが、白々しい。
駄目だ、これは……
グレンより扱い辛そうだ。
「私は、メルヴァイナ・メレディスと申します。ライナスと同じく、24歳、種族はヴァンパイアでございます。今後とも、宜しくお願い致します」
まず、大きな胸に目がいってしまった。
服もそれを強調するような大胆なものだ。
正直、かなり羨ましい。
薄い紫色の巻き毛に、赤褐色の瞳の妖艶な美女だ。
「妹のリーナでございます。年齢は、15歳、種族は姉と同じヴァンパイアでございます」
彼女は目を合わせてくれない。
始終、俯き加減で、小さな声で少し聞き取りづらい。
姉とは違い、可憐な美少女だ。
桃色のストレートヘアで、赤い瞳をしている。
「ティム・モリスでございます。14歳になります。種族はダークフェアリーでございます」
彼は興味なさそうで、だれた雰囲気が表に出てしまっている。
紺色の髪、黒い瞳に褐色の肌の美少年だと思うが、その様子は残念以外にない。
もう、この時点で、わたしは逃げ出したい。
元々、得意ではない人間関係の構築がさらに嫌になりそうだ。
「よろしくお願いします」
少し、ぎこちなかったように思う。
ここは、やっぱり、毅然としないといけない。
「ライナスはドラゴニュートなのでしょう。大きなドラゴンの姿になれるのですよね」
わたしは期待に胸を膨らませて言う。
「……」
ライナスは答えない。無視するつもりかもしれない。
フフッと笑い声が聞こえた。メルヴァイナだ。
「彼は未熟すぎて、変身できないのです」
ライナスがメルヴァイナをキッと睨む。
「あなたも変身ができないではありませんか」
「その内、できるようになるわよぉ。全然、気にしていないわ」
「それは、気にしてはどうですか。劣っているのですから」
「別にそこまで劣っているわけではないわよぅ。ただ、ドラゴニュートが変身できないのは、確かに、恥ねぇ」
メルヴァイナがこれ見よがしに笑う。
ライナスがキレかけているが、何とか押し止めている。
「後のことは、魔王様にお任せいたします。ゆくゆくはあなた様の忠実な僕となるよう、躾けてくださいませ」
宰相はそう言うと、恭しく礼をして、早々に部屋を出ていった。
わたしは、目の前の四人とともに取り残された。
どうしていいかわからない。
わたしは無言で佇んでいた。
一度、目を閉じ、開いても、目の前には、相変わらず、何とも言えない四人がいる。
一応、わたしの護衛ということを言っていたけれど……
わたしの言うことを聞くのかどうか、疑問だ。
立ち位置としては、魔王四天王といったところだろう。
全然、魔王に忠実ではないところが難点ではあるけれど。
しかも、長命ということを考えると、種族内ではかなり若く、未熟なのだろう。
わたし自身が魔王初心者なので、どっちもどっちな気がする。
しばらく、無言の時間が続いた。
「魔王さま」
メリハリある体が羨ましいメルヴァイナが呼ぶ。
「これからどうされるのですか?」
ライナスに向けた小ばかにしたような言い方ではなくなっているが、艶やかな声は同じだ。
「えっと、どうと言われても、何をすればいいのか……」
「魔王さま、だめですよ。もっと、堂々としていませんと。ライナスに手綱を付けられませんよ。まあ、手綱を付けられても、ドラゴンになれないのでは、乗り物として失格ですけど」
「ドラゴンは乗り物ではない。一つ、言っておく。伯父の手前、仕方なく言ったが、私はお前などに仕える気はない。本当に魔王かも疑わしい」
ライナスの鋭い視線がわたしを貫く。
もう、人間関係で疲れた。彼らは人間じゃないけど。
逃げていいかなぁ。
「魔王さま、それでは、街に降りてみませんか? この国に詳しくないとお聞きしました。気分転換にももってこいですし、よろしければ、ご案内しますよ」
メルヴァイナが親し気な笑みを向けてくる。
わたしは答えあぐねていた。
わたしには、ライナスの反応の方が最もだと思える。
急に現れて、魔王だと言われても、困るだろう。
しかも、見た目は、魔王なんて呼ばれるものとはかけ離れている。
第一、何をもって、わたしが魔王なのかもわたし自身がわからない。
そんなわたしが、わたしが魔王だなどと言えない。
わたしの想像する魔王像は、いるだけで恐れを抱くような存在だ。
精一杯、演じたとしても、そうならないだろう。
彼らがわたしを信じられないのは、当たり前だ。
「魔王さま?」
メルヴァイナがわたしの顔を覗き込んでくる。
「ダメですか? 楽しいですよ。息抜きも兼ねて、どうですか?」
彼女は自分が行きたいだけのような気がしてきた。
「おいしいものもいっぱいありますよ。前に食べたケーキ、とっても、おいしかったのですよ」
わたしも興味がないわけではなかった。窓から見える街。王国とは違うのだろうかとか。
「わかりました。行きます」
色々知っておくことは重要だ。街の様子も。もし何かあった時に、役に立つかもしれない。
けっして、食べ物に釣られたわけではない。
「そうこなくては。では、早速行きましょう。リーナも。ああ、ライナスとティムは来なくていいわよ。邪魔だし、文句ばっかり言われるのは嫌だもの」
リーナは控えめに頷く。
勝手にしてくれとライナスはティムと共に、部屋を出ていく。
「では、行きましょう」
メルヴァイナがわたしとリーナの手を引き、開けっ放しになっているドアを通った。




