230話 王太子の実力 三
魔獣がいるとわかっている森に入ることを恐れるものではないのか?
僕も騎士学校の実習で魔獣と戦う時は緊張していた。
それはセイフォードで魔獣と対峙した時も。
王太子からは恐怖を感じない。全く警戒もしていない。
王城内を歩いている時と変わらない。
王太子としての教育によるものかもしれないと最初は思ったが、王太子を突き進ませるのは、好奇心だと思えた。
護衛が死に、自身も片腕を切り落とされ、危険な目に遭ったばかりだというのに、呑気だと思う。
魔獣の接近にいち早く気付いたのはアーリンだ。
「魔獣が4頭近づいております」
冷静な口調だ。僕にはまだ、その気配に気付けない。
先頭を行く王太子もアーリンの言葉に足を止める。
基本的に魔獣は群れたりしない。これまでは。セイフォードでも複数で連携していたので、今はもう、それは常識ではなくなったようだ。
魔獣退治の難易度は確実に上がった。
手が足りないというのはあながち嘘ではない。
そして、シンリー村の件と無関係ではないだろう。
僕は剣を抜く。
魔法で戦ってもよかったが、王太子やエリオット、マデレーンに注意の意味を込めて、警戒態勢を取る。
それが伝わったようで、王太子は背に負う大剣を抜いた。
「ようやく、これの出番だな」
「闇魔法を併用してもいいかと思います。魔獣に石のような硬い物を当てることを想像して下さい」
僕は剣の握り心地を確かめるような仕草の王太子に呼び掛けた。
僕の目でも魔獣を捉える。
目で捉えた直後、1頭の魔獣が王太子の側を素早く移動し、背後に回る。
「なんだ、あれは! 聞いていない!」
王太子が大声で喚いている。
アーリンが僕の質問に答える形で、魔獣について、ある程度、説明していた。
ただ、近づくと、迫力がある。
ちなみにエリオットとマデレーンは声もなく、立ち尽くしている。
1頭と残りの3頭が同時に襲って来る。
既に予期はしていた。僕は4頭の魔獣の足に闇魔法で作った串を打ち込んだ。
動きの止まった魔獣の1頭を剣で斬る。
「セルウィンお兄様」
僕の呼び掛けに即座に反応した王太子は大剣で魔獣の首元に斬りかかった。
それだけでこの大きさの魔獣に致命傷は与えられないので、闇魔法で援護する。
魔獣2頭が倒れた。
「私に掛かれば、大したことはない!」
2頭残っている魔獣が睨む中、王太子は腰に片手を当て、大仰に言う。
人前に出る王太子だけはありその度胸は感嘆に値する。
「お前達にもできるだろう」
王太子はエリオットとマデレーンに向かって言う。
魔獣の動きは封じている。それほど危険はないはずだ。
「わかりましたわ」
マデレーンはエリオットと頷き合う。
二人は剣をぎこちなく抜き、魔獣に向かって駆け出す。
二人は魔獣の頭の真正面から剣で斬りかかる。
倒せるはずもないので、僕が援護するしかない。
最初は慣れることが肝心だ。
普通は逃げ出したくなる。
闇魔法が使えない頃の僕なら、無謀に立ち向かって死んでいただろう。
一般人なら逃げることが得策だが、今の僕達は魔獣退治に来ている。
逃げずに、戦わなくてはならない。
三人は立ち向かったのだ。
無事、魔獣は4頭とも、倒すことができた。
「やりましたわ!」
「私達でも魔獣を倒せるなんて……」
「王太子である私なら、この程度、造作もない」
三人共にいい表情を浮かべ、勝利を嚙みしめている。
次は闇魔法が上達するように、活用してもいいだろう。僕自身の訓練にもなるように。
その日は近くの町での宿泊となった。
1日だけではないのだ。
王太子は王城に帰る訳でもなかった。
勿論、王族が泊まるような宿や屋敷はない。
宿泊場所はこの町で一番の宿ではあるらしい。町に宿は2軒しかないようだが。
装飾は一切ないシンプルな部屋だった。
王太子はその部屋について、文句を言うことはなかった。
ただ、アーリンに美味しい食事を求めていた。
アーリンも同様にこの宿に宿泊するらしい。
一人一部屋で食事は食べに行くのではなく、部屋に届いた。
王太子が求めた通り、魔王国の美味しい料理だった。
食事の後、アーリンの部屋を訪ねた。
「あの三人に再生能力はあるのですか?」
一番にそう尋ねる。
「ありますが、私達に比べるとその能力は劣ります。具体的には再生が遅く、間に合わなければ命を落とします。何か所も体を切断されたなら助からないでしょう」
「年は取るのでしょうか?」
「いいえ。ただ、寿命は私達ほど長くはないでしょう。それでも、150年以上です」
人間よりはかなり丈夫なようだ。
それでも、あの魔獣に引き裂かれたり、噛み砕かれたなら、助かるかはわからない。
「あの三人は見どころがあります。魔王国の役に立って下さるでしょう」
アーリンがにこりと笑う。
「いつまで滞在予定でしょうか?」
「魔獣がこの近辺からいなくなるまでです。しばらくは滞在することになるでしょう。空いた時間でしたら、王都に戻っても構いません」
「わかりました」
話はそこまでにしてアーリンの部屋を出た。




