229話 王太子の実力 二
午前中は闇魔法の訓練を行った。
一番上達したのは王太子だった。闇魔法の素質は確かにあるのだろう。
それでも、中級の闇魔法を完全に習得した訳ではない。
まだ攻撃には使えない。
ただ、すっかり王太子が飽きてしまった。
子供のように駄々を捏ねられればどうしようもない。
王太子は確か28歳のはずである。
「では、お食事になさいますか?」
僕達から少し離れた位置から、アーリンが声を掛けてくる。
アーリンの側にはきれいにセットされたテーブルやイスが置かれていた。
森の中にセットされた物にしては重厚で、侯爵家に置かれている物と比較しても遜色ない。
テーブルの上には飲み物と丸みを帯びたパンに肉と野菜が挟んである物だけだ。
カトラリーは一切なく、ナプキンしかない。
「あの御方がお好きだとおっしゃられていたそうでございます。手でお持ちいただき、お召し上がり下さいませ」
あの御方というのは、メイのことだろうか。
「それは女神のことか?」
同じことを思ったらしい王太子が興味深そうに料理を見ている。
「その通りでございます」
アーリンは執事のような雰囲気で佇んでいる。
王太子はそれを聞くと、イスに腰掛け、料理を手掴みし、一口食べる。
「さすがは女神だ。これは美味だ。お前達も食べるといい」
僕とエリオットとマデレーンもテーブルにつく。
メイが好きな物――僕は知らなかった。
一口食べると、確かにおいしい。
メイはどうしているだろうか?
危険な目に遭っていないだろうか?
メイの傍に居たかった。
それと……昨日のことは本当にあったことか……
メイが僕を愛してくれている、のか?
昨日のあの事も……
考えないようにしていたにもかかわらず、不意に思い出してしまう。
今日はメイといなくてよかったかもしれない。
僕はとんでもない勘違いをしているのかもしれない。
「女神の好きな物が嫌いなのか? 嫌なら私がいただくが?」
王太子が僕の食べ物に手を伸ばしてくる。
僕は一口食べただけで、手が止まっていた。
勿論、僕がしっかり食べた。
「闇魔法も習得した。さあ、魔獣を退治に行こうか」
王太子がやる気を漲らせて、張りきった声を響かせる。
今のままだと、魔獣への攻撃手段がない。
剣はあるが、心許ない。
魔獣に致命傷を与えられるか、それより、攻撃が当たるのか。
このまま訓練を続けても、やる気がないなら、上達も望めないだろう。
初級ができているなら、実戦で学んでもいいはずだ。
いきなり、魔獣のいる森に投げ込まれなければ、そんな早急なことはしないが。
「私は光魔法も使えますので、あの御方ほどではありませんが、治癒や身体強化も可能でございます」
僕の不安をよそに、アーリンが堂々と言う。
確かに、治癒や身体強化ができれば、より大胆に動くことができる。
余程の魔獣でなければどうとでもできる。
「この森にはどのような魔獣がいるのですか?」
気苦労で疎かになっていた。
騎士学校でも情報は重要だと教わっていた。
「この近辺に出没した魔獣は人間の背程の四足歩行の肉食獣型が大半でございます。複数で群れを成し、獰猛な上、素早く、狙われたなら一溜りもないでしょう。勿論、この近辺の住人の話でございますが」
アーリンは平然と言う。
複数というのが厄介だ。
魔獣退治の初心者には不向きだ。
「もたもたするな。行くぞ」
人の気も知らず、王太子は歩を進める。
気弱に見えるエリオットも特に異を唱えない。
僕達の力は万能ではないと理解しているのか怪しい。
再生能力があっても、怪我をすれば苦痛を伴う。
それは実際にそうなり、身に染みている。
ルカ・メレディスの意図もわからぬまま、森の奥へと進んでいくこととなった。




