223話 王太子との出会い 二
美形の次期国王に跪かれると、逆に恐怖しかない。
顔が青ざめているんじゃないかと思うほど。
コーディにされれば、うれしいけど。
コーディがそんなこと言ってくれるわけがない。
助けを求めるように、ルカを見る。
ルカはよかったねとでも言いたげに微笑んだだけで、何も言ってくれない。
妃なんてなれるわけがない。
断るしかない。
でも、断っていいものなの?
それとも、リップサービスっていうのだろうか。
わたしの頭の中は大混乱だ。
ロイに同じようにされた時もどうしていいかわからなかったのに。
ロイへの返事もまだできていないし。
「王太子殿下」
跪く王太子に声を掛けたのはコーディだった。コーディが王太子の傍に来る。
王太子は顔を上げ、コーディに顔を向ける。
「殿下、ご無礼をお許しください。彼女は――」
「なんだ、第6。ああ、この素晴らしい女神を知っているのか」
王太子が立ち上がると、再び、わたしに向き直る。
「女神よ。私の愚弟とはどのようなご関係なのですか?」
王太子がわたしに尋ねてくる。女神って言ってるけど、多分、わたしだ。
なんでそんなことを聞くのか。
「彼は、わたしの……」
王太子はわたしの言葉に耳を傾けてくれている。
逆に今は何か言ってくれた方がいい。
コーディはわたしの護衛……あれ、今は護衛でもない? 何にしても、それは魔王国側の話だ。
コーディはこの国の第6王子。
護衛というのはまずい気がする。
友達? 仲間? 恋人? こ、婚約者とか?
最後の2つは、わたしの願望だ……
「女神よ、どうされましたか?」
いいかげんに女神呼びは止めてほしい。
「既に私の愚弟と婚約されているのですか?」
「そうです! 彼は婚約者です」
「それでは仕方ありません。私の方がいいのでしたら、私を選んでいただければ幸いなのですが。貴女は私を救ってくださった女神に変わりありませんので、貴女の希望通りに」
優し気な口調で王太子がわたしに言う。
わたしは何を言ったのかと後悔した。
婚約者って……わたしの願望……
王太子は引いてくれたけど。
調べれば、バレそうだし。コーディにも迷惑を掛けてしまう。またしても。
これ以上、わたしがコーディの負担になってどうするんだろう。これまで、嫌われてないにしても、さすがに愛想が尽きそうだ。
「私はもう行く。護衛をするように」
王太子はルカに言う。
続けて、
「第6、女神をしっかり護るように。彼女は国の至宝だ」
コーディに強い口調で言う。
「女神よ、私にできることがありましたら、何なりと。それでは、本日は失礼致します」
王太子は最後にわたしに別れの挨拶すると、ルカと共に、廊下を歩いて行ってしまった。
わたし達は護衛の人達の死体と共に残された。
コーディも残ったままだ。
ひどくまずい状況じゃないかと思うのは気のせいなんだろうか。
まだ、第6王子がいるだけましかもしれない。
誰かに見つかったら、わたし達が護衛の人達も殺したみたいだ。
「メイさま、私達は戻りましょうか。王太子とルカお兄さまがここの状況を伝えるでしょうから。余計な詮索をされるのは面倒です。あなた達も一緒に戻るのよ」
わたしの他に、メルヴァイナはコーディともう一人の男にも言う。
わたし達はその場で、転移魔法により、街中にある魔王国所有の建物に戻った。
戻った先で、
「メイさま、せっかくですから、あの王太子を味わってもよかったのではないですか? 無能と言われていますが、顔はよかったですし。まあ、私はどちらかと言えば、年下が好きなのですが」
メルヴァイナから余計なことを言われた。それに、メルヴァイナの嗜好はどうでもいい。
わたしになんて答えろと言うんだろう。
しかも、コーディや知らない男のいる前で。
「それと、メイさま、いつ、あの子と婚約されたのですか?」
メルヴァイナは婚約していないことぐらい知っているはずだ。
その場しのぎの嘘だ。
今、一番、触れてほしくないことだ。
わたしはコーディの方を向いて、頭を下げた。
「すみませんでした。あんなことを言ってしまって」
「……いえ、かまいません……」
コーディは何だか、小さな声で答えた。
余程、いやだったんだろうか……
わたしが魔王だから、抗議はできないんだろう。
コーディの気持ちになれば、確かにいやだと思う。
嘘でも、婚約したとか言われて、もし、それがコーディの本当に好きな人に伝わってしまったら……
わたしが全力で、彼女か彼に否定しよう。つらいけど。
わたしが頭を上げると、コーディと目が合った。
コーディの顔は少し赤い気がする。
照れたようなそんな表情が、何だか、すごくかわいい。反則だと思う。
ずっと見ていたい――けど、視線を逸らせた。
「メイさま、国王の誕生祭のパーティーにはメイさまがコーディと出ていただかなくてはなりません」
そんなわたしに、メルヴァイナが一歩近づいて言う。
「え?」
「嘘でも、表向きは婚約していることにしなくてはなりませんから」
パーティーに、コーディと……
豪華なホールでコーディと踊っているところを想像する。
ただ、わたしにダンスはむりだ。
「メル姉、わたし、ダンスが……」
「大丈夫です。何とかなります。ああ、替え玉を用意しましょう。メイさまが危険に晒されるかもしれませんから」
「いえ、わたしが出ます。わたしが悪いんですし。ちゃんと責任は取ります。ダンスも猛特訓します」
「わかりました。どうしても無理なようでしたら、おっしゃって下さい」
というわけで、わたしがコーディのパートナーになった。
なったはいいけど、コーディには無断で決めてしまった。
責任を取ると言っておきながら、完全にわたしのわがままだ。
最低なことをしているとわかってる。
コーディは何も言ってこない。
コーディはきっと、わたしが魔王だから、拒否しないんだろう。
コーディがいやだと言うなら、替え玉にしてもらう。
「コーディ、この後、何か予定はあるんですか?」
わたしの問いにはコーディではなく、隣にいた知らない男が答えた。
「本日、予定はございません」
「あの、あなたは?」
この知らない男は一体誰なんだろう。
「アーリン・ベールと申します」
彼は頭を下げ、丁寧に挨拶してくれた。
というより、アーリンって、午前中に会ったあの頼りなさそうな男?
全然雰囲気が違ってわからなかった。
「コーディ、話があるんです。コーディの部屋に行ってもいいですか?」
コーディと二人でちゃんと話さないといけない。
今日こそは、逃してはいけない気がする。
他の人にも邪魔されたくない。
「僕の部屋、ですか?」
「はい。二人で話したいので」
「……しかし……」
コーディに渋られる。けど、ここで逃がすわけにいかない。
「お願いします。どうしても」
「……わかりました」
コーディは渋々といった様子だけど、了承してくれた。
ただ、勢いで言ってしまった。
これから、コーディと話さないといけないと思うと、緊張してくる。
「でも、少しだけ、待ってもらえますか? メル姉、コーディを捕まえていて下さい」
わたしはとりあえず、先にトイレに行った。
ここのトイレも魔王国と同じで、水洗で清潔だ。
今はそんなこと、どうでもいいと思いながらも、ちょっと、現実逃避してしまう。
もしかすると、これで、コーディとは最後になるかもしれない。
もう会えないかもしれない。
元の部屋に戻ると、メルヴァイナがしっかりコーディの腕を掴んでいた。
「待たせてすみません。メル姉、少し行ってきます。コーディ、転移してもらえますか」
「……はい」
やはり、渋々というように、コーディは転移魔法を使った。




