22話 魔王との邂逅
ドアが開き始めると、中から音が漏れ聞こえてくる。
聞こえてきたのは、何かが破壊されたような不穏な衝撃音。
ミアの手をぎゅっと握ってしまう。ミアも握り返してくる。
何かがいるのは間違いない。
ドアが開いていくと、その中にわたしは見覚えのある後ろ姿を見つけた。
最初に見えたのは、グレンだった。コーディとイネスの姿も見えた。
その背に向かい、歩を進めていた。
中は、暗い陰鬱な雰囲気がある。豪華絢爛な玉座の間などではなかった。
今までの雰囲気とはまるで違う、正に魔王城という言葉がぴったりだ。
部屋の中へと完全に入ると、後ろから、小さく音が聞こえた。
ドアは閉じてしまっていた。
まあ、想像通りだ。
念のため、開くか確認してみた。ミアと共にドアを引いてみるが、びくともしない。単に力が足りないだけなのかもしれない。
勇者パーティの三人は、わたしとミアに気付いていない。
その対峙する相手は、動きを止めた。わたしとミアに、気付いているに違いない。ここの主なら、気付いていない方がおかしい。
あれが魔王だろうか。
形だけならば、人に見えなくもない。ただし、大きさは人の5倍ほどはある。
纏っているローブやマントも、魔王そのものも、その全てが闇のように黒い。
何より、目につくのは、その背から生える五本の尾のようなものだ。
長く、それぞれが意志を持つかのように、蠢いている。
闇で形作ったような魔王にまともに攻撃が通じるのか。霧を相手にするような感覚がする。
「揃ったようだ。歓迎しよう、勇者諸君」
魔王が声を発する。その声までもが、低く陰鬱だった。不協和音のように気持ちが悪くなる。
口に当たる場所は全く動いていないので、どこから声を発しているかはわからない。
「話せたのか」
グレンが呟く。
グレンの反応から、魔王は全く言葉を発せず、いきなり、戦闘にもつれ込んだのだろう。
「五人で協力でもして、我を倒してみるといい。期待している、勇者諸君」
「五人? 俺達は三人だ。もっと言葉を学んだらどうだ。平民以下のクズが」
グレンは吐き捨てるように言い、悪態を付く。
魔王はいいとして、勇者はかなり残念だ。
見栄えはいいだけに……中身が勇者じゃない。
もちろん、今は勇者というより、生贄だと理解している。
生贄だと知った上で、ここまで来なければならなかった。それは、どんなに辛いかわからない。
――今はそんな場合じゃなかった。
魔王と対峙して切羽詰まっている状況だというのに、なぜか、わたしは冷静、というか普段通りだ。
「そなたは道義を学んだ方がいいとみえる」
魔王に諭される勇者って……
「魔王が何を言っている!」
怒気をはらんだグレンのその言葉を魔王は受け流す。
「その怪我だ。万全ではあるまい。そちらの淑女に治癒魔法を頼むといい。そののち、相手をしよう」
全然、淑女とは言えないが、多分、わたしのことだ。
グレンと比較すると、魔王が紳士すぎる。
というか、魔王はわたしが治癒魔法を使えることをなぜか知っている。
それに、グレン達を見ると、たしかに負傷しているようだ。
魔王がわたしを見ている気がする。
そのことで、ずっと魔王を注視していたグレン、コーディ、イネスが振り返る。
「メイ……ミア……」
コーディが呟く。
コーディの視線に居たたまれない。わたしは彼を裏切ってしまった。
それでも、彼らが無事でいたことはうれしかった。
「コーディ……その、ごめんなさい」
「――いえ……あなたを責めたりは……」
コーディは、困ったように笑う。
わたしはコーディに抱きついた。
コーディは優しく抱きしめてくれる。
コーディの温もりと鼓動を感じる。
コーディはデリアと共に、この世界での身内のようなものだ。
お願い、治癒魔法、発動して。
わたしには、未だに、どうすれば治癒魔法を発動できるのか、わからない。
わたしは何かに強く祈り、願う。
コーディとイネスとグレンの傷を癒して。
強く祈っている内に、前と同じように淡い光が現れた。
光は、すぐ傍のコーディ、そして、イネスとグレンを包んでいく。
「発動できた」
ほっとして、声が漏れた。
わたしは戦う力がない。これくらいしか役に立たない。
「ありがとうございます、メイ。後は僕達で何とかします」
コーディが優しい声で言うと、わたしを離す。
今の今まで、イネスがいることに考えが至っていなかった。
兄のようなものだから、大目に見てほしい。
「そろそろいいだろうか」
魔王は本当に待っていてくれた。
魔王というからには、言葉を違え、攻撃してきてもおかしくはなかった。
「魔王よ。彼女は治癒魔法が使える。有用な人材だ。その獣人も彼女の従者として必要だ。この二人は助けてほしい」
コーディが魔王に堂々とした口調で言う。
「我が欲しているものによる。それが手に入ったなら、他の者は助けてやろう」
魔王は胡乱な言い方をする。
魔王が欲しているもの……
考えるのは、止めた。
「要は、お前を倒せばいい」
グレンが剣を構える。
「その通りだ。再開といこう」
魔王の言葉を合図に、グレンは炎を剣に纏わせ、斬りかかり、同時に、炎の矢を魔王の頭を目掛け、叩き込む。
攻撃を加え、すぐに引く。
グレンにあの長い尾が襲い掛かってきたのだ。
「コーディ、イネス」
グレンが二人の名を呼ぶと、コーディとイネスはその尾に狙いを定め、攻撃する。
コーディとイネスで5本の尾を対応し、グレンが本体を叩く気なのだろう。
戦う彼らは、正しく勇者パーティのように見えた。
彼らは魔王相手に怯まず挑む。
今回は一応、連携を取っている。
グレンは、魔王に斬りかかる。
グレンの攻撃は魔王本体に届いてる。
だが、魔王はダメージを受けていない。
すると、今まで場所を移動しなかった魔王が動いた。
魔王の体が1メートル程浮き上がる。
魔王がグレン達の背後に回り込むように、高速で移動した。
グレンが振り向き、忌々し気に睨みつける。
魔王は、グレン達三人とわたし、ミアの間にいる。
グレン達の方を向いていた魔王がふいに向きを変える。
魔王と目が合っている気がする。
ああ、魔王の狙いはわたしなんだ。そんな気はしていたけれど。
わたしが捕まれば、みんなは解放してくれるのだろうか。
「メイ!」
「メイ! 逃げて!」
コーディとイネスの声が遠くで聞こえる気がする。
わたしの体は縫い付けれてたように動かない。
グレンが魔王に斬りかかるのが見えた。
その間にコーディとイネスが左右から回り込んでくる。
魔王の尾をいなし、魔法の矢を叩き込む。
それでも、魔王に攻撃が効いている気がしない。
グレンも回り込んで来た。
三人がわたしと魔王の間に来る。
勇者パーティが劣勢な気はしない。攻撃は届いている。
それでも……
攻撃が効いていないのでは意味がない。
攻撃の効かない相手にどうすればいいのか。
封印してしまえばいい。
そんな都合よく、封印できるようなものがあるなら……
そんなのない。
このまま、消耗したところを……
皆、殺されてしまうのか……
わたしの手がぎゅっと握られる。
ミアだ。
「ボクも頑張る。ボクも戦える」
ミアの手が離れた。
ミア、危ないから、だめーー
声が出ない。ミアを引き留めないといけないのに。
あの時の血だらけのミアの姿が浮かぶ。
わたしは怖いーー
全てが……もう、何も見たくない……
痛いのはいやだ……大切なものを失くすのはいやだ……
どうしようもなく、怖いーー
いやだ。いやだ。いやだ。
もう、許して。悪夢なら、覚めて。
ミアを、コーディを、イネスを、グレンを死なせないで。
もう、こんなの、嫌だ。




