217話 第3王子
「ルカ・メレディス様の妹様なんですの?」
マデレーンがメルヴァイナにはおずおずと問いかける。
「従妹よ」
「私達、死んだことになっているのですわ。ですから、城内の者に見つかる訳にはいかないのです」
「そう。それなら、見つからなければいいのよ」
「そうですが、廊下の中央を歩いていると、さすがに見つかってしまいますわ」
そう、わたし達はさっきと同じように、堂々と歩いている。実際に堂々としているのは、メルヴァイナだけだけど。
「その服には認識阻害の魔法が掛けられているはずよ。それに今まで、中にいたのでしょう?」
「私達は外におりましたわ」
当然のようにマデレーンが言う。
ただ、それだと、第3王子に何かあってもわからない気がする。
「……まあ、いいわ。私が口を出すことではないから」
メルヴァイナもわたしと同じように思っていると思う。二人がこういうことに慣れていないから、ルカはそう指示しているのかもしれない。
「あなた達、名前は?」
「失礼しましたわ。私はマデ……マ……マデリンですわ」
「私は、エ、エリオン」
二人は偽名を名乗った。
今後はその名前で生きていくつもりなんだろうか。
「誰か来る」
「本当ですわ。どこかに隠れなくては」
囁くような声で言うと、隠れる場所を探そうとする。
上階に向おうとしていたところ、誰かが階段を下りてくる足音がしている。
二人の慌てた様子を見て、わたしは逆に冷静でいられた。
多分、魔法が掛かっているから大丈夫だろう。
見つかったとすれば、確かに二人の服装では相当あやしいけど。メルヴァイナ以上に不審者だ。
「よくそれでこんなところにいるわね。相手が普通の人間なら大丈夫よ」
二人は気まずげにメルヴァイナを見つめた。
「わ、わかりましたわ。こそこそ隠れるなんて、私としたことが」
「私達らしくないことだった」
二人は胸を張って姿勢よく立つ。
この城で働いていると思われるシンプルなドレスの女性が階段を下りて来た。
彼女はわたし達に気付いていないように歩いていく。
マデレーン、エリオットを先頭に、3階まで階段を上がる。
「本当にこんなところに第3王子がいるの?」
メルヴァイナが二人に聞いている。確かに王子がいるにしてはここは城の端の方だ。
「ジャン殿下は少し変わっていますの。趣味でよくわからない草の研究をしておりますわ。その趣味で使っている部屋がここにあるのですわ」
わたし達は第3王子がいると思われる部屋の前まで来た。
特にドアが壊れているということはない。
後、王子がいるにしては護衛がいない。
マデレーン、エリオットはドアの前で立ち止まったままだ。
「エリオット、マデレーン、入らないの?」
「!?」
メルヴァイナの問いかけに二人が驚いたように振り返る。
メルヴァイナは二人の実名をしっかり把握していた。
「当たり前でしょう。あの子と同じ、緑の瞳なんだから」
しばらくメルヴァイナを見つめていた二人はドアに向き直る。
「入りますわ!」
マデレーンがドアを開けようとするが、鍵が掛かっているのか開かない。
「ジャンお兄様!」
マデレーンが呼び掛けるが返事はない。
「ここにはいらっしゃらないのかもしれませんわ」
マデレーンは諦めようとするが、
「ドア、壊しましょう」
メルヴァイナが二人の間を分け入って、ドアを開けるのではなく外した。
ドアが粉砕されなくてよかったと思ってしまう。
部屋の中は誰もいないようだ。
部屋に入っても、荒らされている形跡はない。
正直言って、安心した。
争った形跡や血が飛び散っている光景がなくてよかった。
まして、死体が転がっていなくてよかった。
部屋は机に本の詰まった本棚、それに休憩用なのか、テーブルにゆったりした椅子も置かれている。
それ程、大きな部屋ではなく、豪華でもない。かなりシンプルな部屋だ。
まだ昼なのに、カーテンが閉められていて薄暗い。
「こっちの部屋は何?」
メルヴァイナが部屋の中の別のドアを指差している。
「私達も入ったことがないので知らないな」
エリオットが呟くように言う。
「じゃあ、開けましょうか」
と言いながら、ドアを開けた。




