215話 王城にて
ケーキを食べ終えた後、メルヴァイナは転移魔法を使った。
転移先は王城のどこかなんだろう。
今いるのは書斎のような部屋だ。
誰かが実際に使っている形跡がある。
机には書類や筆記具が置かれている。
転移魔法で来られるということはメルヴァイナは前にも来たことがあるはずだ。
この部屋にはわたし達二人以外は誰もいない。
「それでは、早速行きましょう」
「待ってください。王城内を歩いて大丈夫なんでしょうか」
「それくらい、大丈夫ですよ」
その大丈夫はどうも信用できない。
不法侵入で、不審者といわれても、その通りかもしれない。
騒ぎになればどうなるのか。
まあ、迷惑かけることになる。
メルヴァイナは気にする様子はなく、部屋のドアを開け、わたしを呼ぶ。
仕方なく、メルヴァイナに続き、廊下に出る。
そこには誰もいない。警備の人がいてもよさそうなのにいない。
メルヴァイナはいつもの調子で歩いていく。
わたしはついて行くしかない。
「魔王様」
廊下を歩いていると、ふいにわたしを魔王と呼ぶ声がした。
周囲を見回すが、誰の姿もない。
突然現れたのは、見たことのある男だった。
白のローブ姿の白髪の老人。
セイフォードの神官長だ。名前はちょっと思い出せない。見た目は老人だけど、年齢は不詳だ。そして、彼は人間ではない。
「どうして、あなたがここに? セイフォードはどうしたの?」
メルヴァイナも神官長が来ていることは知らなかったらしい。
「セイフォードは問題ございません。周辺の魔獣も減ってまいりました。王都へは所用で参った次第です。すると、たまたま魔王様をお見かけした故。魔王様にご挨拶申し上げます」
神官長はわたしに対して跪いて、頭を下げる。
わたしはどう答えていいのか、困惑する。こんにちは、というのも違う気がする。
「その様子では新しい情報はないのね」
「その通りでございます。ゼールス領からは完全に引き払ったようでございます。新たな手掛かりは残念ながらございません」
「そう。何かあれば、私にも話がいくようにして」
「かしこまりました。それでは、魔王様、失礼致します」
神官長は跪いたまま、姿を消した。
本当に挨拶だけだった。わたしは結局、一言も話していない。
「では、王国騎士の鍛錬場に行きましょう。いい男がいるかしら?」
「え!?」
コーディに会いに来たのでは?
「あの子も今日は鍛錬場に行くのだと、アーリンから聞いております」
それは先に言ってほしい。メルヴァイナが個人的に鍛錬場に騎士を見に行くのかと思った。
「ふふ。ちゃんとあの子の元に行きますよ」
そう言って歩き出すメルヴァイナについて行く。
さすがにしばらくすると、人がいた。
わたしは内心、びくびくするが、メルヴァイナは堂々と歩いていく。
どうしてそんなに堂々と歩けるの!?
ただ、不思議なことに誰もわたし達を気に留めない。
ちらりとも見られない。
メルヴァイナは相変わらずの露出の多い服装なのに。
断じて、この王国でメルヴァイナの恰好が普通ということは絶対にない。
誰も気にしないなら、わたしから何か言うこともない。
しばらく行くと、外へ出た。城の正面ではなかった。
魔王城のように広大な庭園があるというわけではない。丘の上に建てられているせいか、城壁がすぐ近くに見えている。
花はないけど、芝生が植えられており、きれいに整えられていた。
「この先に鍛錬場があります。んん? メイさま、少々お待ちいただけますか。すぐにここに戻ります」
メルヴァイナはそれだけ言うと、転移魔法でどこかに行ってしまった。
わたしはこんなところで一人残されてしまった。
誰かに声を掛けられればどうすればいいのか。
非常に心細い。
こんな何もないところで立っていると、どこからどう見ても不審者だ。
メルヴァイナは中々戻って来ない。
時計はないけど、もう15分くらい待っている気がする。
幸い、誰からも声を掛けられない。じろじろ見られることもない。
でも、こんな初めて来た場所で一人にしないでほしい。
「王よ」
後側から声が掛かった。男性の声に、神官長かと思い、そちらを向く。
そこにいたのは白髪の神官長ではなかった。
よく考えれば、神官長はわたしを魔王様と呼んでいた。
そこにいたのは、ジェロームと親しかったダレルという聖騎士だった。
立派な騎士服は血のようなもので濡れていた。
それもたった今、真正面から浴びたところというような。
多分、返り血だ。
足は縫い付けられたみたいに動かない。
今度こそ、殺される――
わたしは無表情の聖騎士を見据えていた。
ただ、彼に聞くことがある。
宰相の弟のこととか、前の魔王のこととか。
「あなたは――」
わたしが声を発した直後、聖騎士を覆う黒い霧のようなものが発生した。
黒い霧は聖騎士を完全に見えなくした。
更に、上からわたしと黒い霧の間に一組の男女が降り立った。




