214話 変な屋敷を出た翌日 三
もうだめだ……
わたしはフォレストレイ侯爵邸の部屋のベッドに突っ伏した。
本当にいやになる。自分自身が。
「もう、いやだ」
小さく呟く。
ふいにシャーロットと会った時のことが蘇る。
さらに、さっきのダンスの時のことも。失敗した記憶だけ鮮明に。
いつものことだけど。
あんなことするべきじゃなかった。
シャーロットとわたしは同じだ。
今なら、仲良くできるかもしれない。
むしろ、あそこまでできるのはすごい。本気でコーディが好きなんだ。
だから、わたしも引けなかった。
コーディにとって、迷惑以外のなにものでもなかったのに。
止めておけばよかったのに。
わたしは護衛対象だから、冷たく突き放されなかっただけだ。
シャーロットと同じことはしていた。
客観的に見たわたしの姿だった。
そう言えば、あの時のこと、謝ってない気がする。
しばらくして、部屋がノックされた。
「メイさま。ケーキを持ってきました。一緒に食べませんか?」
メルヴァイナだ。
今、ケーキを食べる気にならなく、なかった。
こんな時こそ、むしろ、食べたい。
メルヴァイナはわたしのことをよくわかってそうだ。
ベッドからのそっと起き上がり、ドアを開けた。
「おいしそうですよ」
メルヴァイナが部屋のテーブルにケーキとお茶を置く。
今日の昼食はケーキだ。赤色の派手なケーキ。
やっぱり、つらい時、すごくうれしい。
メルヴァイナとコーディが付き合ったとしても、祝福できるかはわからないけど、したいと思う。
どんどん遠くなるコーディとの距離。
わたしの傍にいるのはいやだと言われているようなものだ。
一緒にいればいるほど、嫌われる気がする。
コーディにとって、わたしは”魔王”なんだ。
「ふふっ。食べないと、私が全て食べてしまいますよ」
メルヴァイナに言われ、ケーキを一口食べる。
甘くておいしい。
「私がいつでも付き合いますよ。リーナも」
優しく言われ、涙が零れた。
わたしは慌てて、涙を拭う。
「わたし、嫌われて……わたしの傍にいたくないって……」
上擦った声が出た。
「誰がそんなことを!? 私が殴り飛ばします!」
「殴るのは止めてください……」
メルヴァイナに殴られたら骨が砕けそう。暴力はだめだと思う。
それに悪いのは、わたしだろう。
わたしに触れられて、かなり不快だったのかもしれない。
もしかして、コーディが好きなのは、グレンなんだろうか。
「それなら、すっぱり忘れるか、諦めずに食い下がるか、だと思いますが」
「嫌われてるところから挽回するのは、無理だと思います。会わないようにします」
会わないということは、別々に行動することになる。無理やりねじ込んでもらっておいて、取り消すなんて、ルカに悪いことをしてしまう。
「それがいいですよ。親しくなれる可能性がある者は大勢いるのですから。あの子ももう諦めればいいのですが。私も協力してあげていたのですけど」
あの子というのは、やっぱり、コーディのことだろう。
メルヴァイナはわたしがコーディのことを、その、好きだということを知らないのだと思う。
そうでなければ、そんなことを言わない、と思う。
それとも、別の意味があるんだろうか。
「コーディの好きな人は誰なんですか?」
もう、コーディとは会わないつもりだ。協力していたぐらいだから、メルヴァイナは知っているはずだ。
それくらい、聞いてもいいと思う。
メルヴァイナは真顔になり、口は半開きで固まっていた。
「冗談でしょうか?」
しばらくして、メルヴァイナが口を開く。
わたしはメルヴァイナがどういう意味で言っているのかわからない。
そんなことを聞くなんて、軽蔑するということだろうか?
「冗談ではないです……その、すみません。答えなくてかまいません」
「いえ、周知の事実だと思っていましたので。本当にご存じないのですか、メイさま」
やっぱり、知らないのはわたしだけだ。
そこまで驚かれるって、知らないと言うのが言いづらくなる。
「知らないです」
結局、言ったけど。知らないものは知らない。
「……あの子、何していたの。信じられない! やっぱり、あの子、殴ってよろしいでしょうか?」
「……だめです」
「あんなにデレデレでしたのに、知らないのですか? あの子は愛を囁いてもいないのですね」
別の人にデレデレしているのなんて、見たくない。
だから、無意識に見ないようにしていたのかもしれない。
だから、知ろうとしなかったのかもしれない。
「本当に知らないです」
「それなら、どうして、あの子のことを嫌がっているのですか?」
「コーディのことを嫌がってなんていないです」
「本契約もなさりませんでしたし、鬱陶しくて、迷惑に思っていたのでは? 遠ざかりたく思っていたように感じましたが?」
「契約は縛り付けるようで気が進まなかったんです。それに、人間ではなくなって、魔王であるわたしを恨んでいるんじゃないかと……」
「それはメイさまのせいではないと思います。そもそも、王国側が勘違いしていたのが悪いのですから」
「宰相やドリーさんはコーディを王配にと言っていましたので、コーディもそんな風に言われたんじゃないかと……だから、わたしのせいだと思ってるんじゃあ……」
「メイさま、あの子はそんな子ではありません。本当に憎んでいるなら、絶対に助けたりしませんよ。ですから、私もそこまで嫌われてないと思うんですよね。私は可愛がっているだけです」
メルヴァイナには勘違いされていたらしい。コーディを嫌っていると思われていたなんて。
わたしはコーディを嫌ってるなんて、言った覚えはない。
まあ、わたしもコーディがわたしを嫌っていると思っていた。
コーディも確かにわたしを嫌っていないとはっきり言っていた。
わたしがひねくれていただけかもしれない。
「わたしも勘違いしていたのかもしれません」
嫌われていないなら、わたしに振り向いてくれることもある……んだろうか?
「コーディの好きな人って、もしかして、グレンなんですか?」
「違うわ――違います。あの子とは誤解がないようにはっきりと話した方がよさそうですね。王城に行ってみますか。あの子は王城に向かうそうですから。それとも、全て諦めて魔王国に戻りますか」
「王城に行きます」
答えなんて、決まってる。




