211話 王太子
「そういうことは予め、話を通しておいてくれ」
副団長のぼやきが聞こえる。
王太子が来ることは知らされていなかったのだろうか。
「言っても仕方ないだろう」
兄も同様のようだ。
王太子の周辺に内通者がいないと言っていたが、王太子と親しくしている内通者がいないということなのか。
疑っていた訳ではないが、王太子が騎士団に激励に来るという話は事実だった。
王太子が僕に気付かないということはないはずだ。
アーリンからの指示は王太子に第2王位継承者となる僕を認識させるというものだ。
王太子が僕に好意的に接するということは考えられない。
明確に敵対することになりかねない。
「集合!」
兄が騎士達に命じた。
その兄の視線が僕に向く。
さらに、僕達が先程までいた部屋の方に向けられる。
兄の言わんとしていることはわかる。あの部屋にいてもいいということだろう。
僕は首を左右に振る。
アーリンの姿は既にない。
僕は騎士達に混じり、頭を下げて、王太子を迎える。
鍛錬中の為、騎士達は正装をしているわけでもなく、混じっていても特に違和感はない。
王太子がこの鍛錬場に現れた。
当然のことだが、従者や護衛騎士も連れている。
「ご苦労。頭を上げてかまわない」
労いの感じられない高めの声がよく響く。
僕よりやや明るい茶髪に僕と同じ緑の瞳。髪は肩より長い。金糸がふんだんに使われた豪華な上着が目に付く。
優雅な佇まいはさすがだ。
粗野とは程遠く、見た目には王太子として申し分ない。
ただ、言動が伴わず、28歳になるが結婚はしていない。
それも含めて不興を買っている。
「王太子である私自ら、激励に来たのだ。感謝するといい」
騎士達を前に横柄な態度で王太子が言う。
王族である為、ある程度は当然なのかもしれない。
それでも、聞いていて、いい印象はしない。
「弟達が死んだことについては、不運なことだった。君達のせいではない。これから、しっかり気を引き締めて、警備にあたってくれ。次期国王は私なのだ。私が無事ならそれでいい」
騎士達がそれに答えると、満足そうな顔をする。
王太子は向きを変え、鍛錬場を立ち去ろうとする。
鍛錬を見学する気もないようだ。
それより、王太子は僕に気付いていない。度々、視線を送ってくる従者や護衛騎士は気付いていると思われるにも関わらず。
「王太子殿下」
僕の方から呼びかけるしかなかった。
「君は――ああ、第6か。騎士にでもなるのか」
僕が第6王子であることはわかってもらえたらしい。
予想外に王太子は僕に対して、敵対の意思はなかった。
王城から去った僕は眼中になかったのかもしれない。
「見学に来ただけで、騎士になるつもりはありません」
この国では。頭の中で付け加える。
予定とは違う穏やかな会話に内心では不安になっていた。
僕と敵対することで、王太子に僕を狙わせるという意図があったのではないかと考えたからだ。
僕が王位を狙っていると宣言し敵対した方がいいのか、王太子と親しくなる方がいいのか。
アーリンはどちらだとも言ってはいない。
ただ単に認識させればいいと、それだけだ。
余計なことはしない方がいいのだろう。
「そうか。ではまたな、我が弟」
王にはなりたいようだが、元々王太子ということもあり、野心家だとも思えない。
本当の野心家は第2王子だったのだろう。
第4王子も自分の意志で王になりたかった訳ではなさそうだった。
僕としては、この王太子に王位に就いてもらった方がいいように思う。
僕よりは王の座に向いている。
ルカの言うように周りを固めて、国が回るようにすればいい。
王太子の姿はここからは見えなくなった。
「殿下、ご無礼をお詫び致します」
チェスター・クロス以下、剣を合わせた3人が頭を下げてくる。
「気にしなくて構いません」
王太子と同じように突然来たこちらが悪いのだ。
彼らは気にする必要はない。
兄である団長と副団長に挨拶を済ませると、いつの間にか姿を見せていたアーリンと共に鍛錬場を後にした。




