210話 騎士団鍛錬場にて
「では、これから転移します」
僕が頷くと、アーリンは部屋を移動することなく、すぐに転移魔法を使った。
こんな王都の中心部にある窓のある部屋で行っていいのかと思ったが、何等かの魔法が掛けられているのかもしれない。
転移魔法で着いた先は何もない開けた場所などではなく、小さな部屋だった。部屋にはドアがなく、隣の部屋が見えている。
「ここは王都の端です。切り捨てても問題のない場所です。私達の仲間が待機していますので、何かあれば、駆け付けるでしょう。この部屋に転移できるようにしておいて下さい」
アーリンの指示に従って、ここを転移するポイントとする。
「王太子とは長らく会ってはいないのでしょう?」
アーリンが問いかけてくる。
「半年程前に姿は見ました。王太子と話すことはありませんし、それは向こうも同じでしょう。好悪の念もない程、関わりはありません。会うという表現も適しているとは言えません」
そもそも王太子と話したのは僕が幼い、まだ王城で暮らしていた頃だったと思う。話した内容も定かではない。それ以来、話した記憶はない。
「そうかもしれませんね。私にも兄がいますが、家を出てから会うことがありません。王太子と話したいことはないかもしれませんが、声ぐらいは掛けて、あなたを認識させて下さい」
僕が直接、王太子と親しくなって情報を引き出すということは求めれれていない気がする。
それに王太子に僕と親しくする気があるとは思えない。
王太子にとって、僕は邪魔なはずだ。
向けられるとしたら、敵意の可能性が高い。どんな反応をされるか。
「わかりました」
「転移先は鍛錬場付近です。まずは第一騎士団長を訪ねましょう。残念ながら、私はお会いしたことがありませんが」
僕はてっきり偶然を装って、通り掛かる王太子に声を掛けるものと思っていたが、違うのだろうか。
「王太子が激励に来ることは周知されているのですか?」
「いいえ、騎士団に通知はされておりません」
周知されていない事実をどうして知っているのかという疑問はあるが、口を噤んだ。
「王太子とは鍛錬場で会うことになるのですか?」
「そうなります」
それはかなり王太子からの印象は悪いのではないかと思う。
「では、出発です」
話は打ち切られ、転移魔法が発動した。
僕達は一瞬にして城内に着いた。
城内の一角に王国騎士団の鍛錬場がある。
訪れたことは数える程だが、よく覚えている。
僕もいずれはこの鍛錬場で騎士として鍛錬を行うのだと思っていた。
それはもう叶うことはない。
今は他にすべきことを見つけた。
僕はその選択に何の後悔もしてはいない。
「参りましょうか、フィニアス殿下」
僕達は隠れることなく、通路を通り、鍛錬場へ向かった。
鍛錬場前にいる騎士に王族の本名を名乗り、団長への取り次ぎを頼む。
何の問題もなく、団長の元へと案内された。
鍛錬場を見渡せる位置にある部屋に二人の人影がある。
一人は第一騎士団長であり、僕の兄であるウィリアムだ。
もう一人は副団長イアン・ジェイ・ミレー。伯爵家の出で、兄より20歳以上年上だ。
前団長が年齢を理由に退いた時、本来であれば副団長が団長となる予定だったらしい。
ただ、この副団長が固辞し、副団長のままとなった為、兄が団長に決まった。
「兄様、突然、訪ねたこと、申し訳ございません」
「いや、構わない」
そう答えた兄はちらとアーリンに視線を向ける。
兄はアーリンが魔王国の関係者だと気付いているだろう。
紹介を済ませても、兄はそれに触れてくることはなかった。
「フィニアス殿下、お久しぶりでございます。以前、お会いしたのは3年程前でしょうか」
副団長はかつて会った時のことを思い出しているように遠い目をする。
確かに彼と会ったのはそれぐらいだ。僕が騎士学校に入学する前のことだった。
「コーディ、何か用でもあるのか?」
その兄の問いかけは予想されたものだ。
「王国騎士の鍛錬の見学に来ただけです」
「そうか。さすがに今、騎士になれとは言わない。ただ、鍛錬に参加してみてはどうだ?」
「よろしいのですか!?」
「構わないだろう。騎士学校を卒業しているんだ。騎士見習いのようなものだ」
兄の言葉はこじつけのようなものだが、参加したい気持ちが上回る。
「ええ、いいのではないですか」
副団長も同意する。
「上着をお預かりします」
アーリンも反対はないようだ。
上着をアーリンに預け、団長、副団長と共に、騎士の鍛錬の場へと足を踏み入れる。
本来の目的は鍛錬に参加することではないが、王太子が来るまではすることもない。
アーリンは参加する気はないようなので、端に寄って立っている。
王国に戻ってからは本格的な剣術の鍛錬はできずにいたので、こういう場は久々だ。
この場には騎士学校での同期もいるだろう。
彼らに後れを取っている。
僕はまだ、騎士ですらない。
ライナスに太刀打ちできなかったのも苦い記憶だ。
それから逃げていては前に進めない。
団長、副団長といるせいか、すぐに視線が集まる。
「中断しなくてかまわん。続けろ」
副団長が声を張り上げる。
兄がどういうつもりで鍛錬への参加を提案したのか、僕にはわからない。
この国を捨てようとしている僕に考えを改めさせる気なのか。
国よりも僕は……
ふと考えてしまう。
考えるのは、メイのことだった。
「クロス、彼の相手を頼む」
近くにいた30歳前後ぐらいの男に兄が声を掛ける。
さらに、兄は僕に木剣を渡してくる。
「かしこまりました」
クロスと呼ばれた男はすぐさま応じ、木剣を構える。
「さあ、いつでも」
基礎的な鍛錬ではなく、実戦形式の鍛錬のようだ。
軽い緊張を覚える。
相手が誘っている以上、僕から仕掛ける。
最初は技量を確かめるように軽く打ち合う。
そこから、踏み込んで、相手を攻めた。
速度を上げて、打ち込み、相手が怯んだ隙に相手の木剣を弾いて、僕の持つ木剣を突きつける。
「参りました。強いのですね。私はチェスター・クロスと申します。あなたは第二騎士団の騎士でしょうか」
僕のことは知らないようだ。
あまり公の場には出ていなかったので、当然かもしれない。
「いえ、見学に来ただけです」
「私ともお願いできますか」
僕の前にチェスター・クロスと鍛錬をしていた男が声を掛けて来た。
その後、何人かと剣を交えた。
気付くと、周りにいる騎士達は鍛錬の手を止め、注目していた。
「お、お久しぶりでございます! わ、私ともお相手いただけませんか!」
彼のことは知っている。騎士学校の同期だ。成績も上位だったので、第一騎士団に入っていても不思議ではない。
自分から声を掛けて来たにも関わらず、僕に対してかなり緊張していることがわかる。
騎士学校の同期とはいえ、身分差もあり、親しくしていた訳ではない。
だが、手合わせをしたことはある。全て、僕が勝っていたが。
騎士学校在籍時、僕は多少、怖がられていたと思う。
騎士として規範となれるよう、自分にも同期にも厳しかったと思うし、それが間違っているとは思っていない。
ただ、騎士学校での成績が良かった為、僕は思い上がってしまっていたようだ。
僕はそれほど強くはない。
ずっと勝てていたこの同期にも負けてしまうかもしれない。
深く呼吸し、騎士学校の同期に向き合う。鍛錬ではなく、実戦であるかのように。
特に開始の合図はなく、二人同時に剣を振るう。
力が入り過ぎている自覚がある。
それでも、僕はあっさり勝った。これでは鍛錬にはなっていない。
「あ、ありがとうございました! より鍛錬に励みます!」
彼は大きく頭を下げた。
そこへ、
「団長! 副団長! 王太子殿下がいらっしゃいました!」
騎士の一人が駆けて来た。




