209話 王城へ
食後に先ほどの3階の部屋に行っても、誰もいない。
ドアがノックされた。
部屋に入ってきたのは知らない男だった。
貴族の子息といったような品のある出で立ちだ。
真面目で誠実な雰囲気がある。
「お待たせしました。すっきり目覚めました。ああ、本日、魔王様、フィーレス様、メレディス様は参加されません」
彼はアーリンだ。その声でわかった。雰囲気が全く違う。
メイは一緒ではないのかと落胆する自分がいる。
メルヴァイナは自分から言い出しておいて来ない。
言っても仕方のないことだ。
彼女達と行動するのは今回で最後かもしれない。
決意したはずなのに、未練がましい自分自身に嫌になる。
「改めて、自己紹介を。私はアーリン・ベール、アスプという上位種族です。残念ながら、再生能力や変身能力はありませんが、治癒力は高く、身体能力もそれなりにあります。魔力も高いので、転移魔法も使用できます。特技は体内での毒の生成です」
暗殺に向きそうな能力だ。
魔王国には様々な種族がいるそうなので、今更、驚きはしない。
「さて、まずは簡単に振り返りますが、王太子の周辺を探っていた者の消息が途絶えました。その者は私と同じく上位種族。ただの人間がどうにかできるとは思えません。更に、それにより、王太子の動向が詳しく探れなくなりましたので、私達で接触を試みます。また、今後、君には国王から何らかの沙汰があるでしょう。君は王位継承第二位となりましたから。君の魔王様への忠誠を信用します」
アーリンはそこで言葉を切り、しばらく、僕をじっと見つめる。
勿論だが、僕はメイを、魔王様を裏切ったりしない。彼女を危険な目に遭わせたくない。
「王位継承第二位、それは確かなのですか? 第三位ではなく」
これまでの僕の王位継承順位は緑の瞳ではない王の実子より下だった。
単純に繰り上がったなら、第三位になるはずだった。
「本日、決まったのだそうです。ちなみに君の弟が第三位です。奇妙な話です」
今まで、王族として見向きもされなかった。
王位継承第二位となれば、王族としての公務が発生する可能性がある。
とはいえ、王子達が積極的に公務を行っていた記憶はない。
王太子は目立つことしかしていないという話だ。
主に公務を担っていたのは王弟だという。
第4王子と第2王女の死亡も公表されている。
王族が立て続けに亡くなる状況はこの国にとって不利なものだ。
時期をずらして公表するなどの対応が取られるのが通常ではないかと思う。それに、第3王子を差し置いて、緑の瞳を持たないレックスを王位継承第三位にする理由がない。何らかの意図があるはずだ。
「本日、王太子との接触の機会がありますので、王城へ向かいます。但し、危険があれば、私を置いても、転移魔法で逃げるように。その場合の転移先はこれから向かう場所です」
アーリンは本題の話を再開する。
「その機会というのは?」
「激励の為、騎士団を訪れるそうです」
王族として真っ当な公務だ。
特に王族の殺害があった現状、気を引き締めなければならない状況だ。
「王太子の行動が意外ですか」
アーリンが尋ねてくる。
「これまでこのようなことは王弟がしていたと兄に聞きました。その王弟は亡くなりましたので、代わりに行うのでしょうが、あの王太子がするとは思えません。王命なのかもしれませんが」
「王太子を見くびり過ぎでは? それなら、君が王になればよかったのです」
僕は何もしなかった。彼の批判はもっともだ。
ただ、騎士学校に通い、騎士を目指していただけだ。
王族にも関わらず、国のことを想っていた訳ではない。国をよくしようと思っていた訳でもない。
「冗談です。王城からも追い出された君には厳しかったでしょう。それに、私の王太子への評価も実は君と同じです」
アーリンは僕を慰めるように言うが、僕は落ち込んでいない。後悔もしていない。
「激励の話はいつ決まったことなのですか」
父や兄からそのような話は聞いていない。全てのことを話してくれる訳でもないし、まして、僕が魔王国と関わりがあることを知っている。
兄達は転移魔法や闇魔法、ドラゴンのことも知っている。ここまで知られてしまっていいのかと思うほどだ。
「それも本日です。本日、君には訓練を受けてもらうつもりだったのですが、予定が変わりました」
午前中、あのような状態だったにも関わらず、アーリンは情報を把握している。
王城にいる誰かと密接にやり取りしているのかもしれない。




