203話 噂
「王太子が他の王子達を殺したのではないか、という噂が囁かれているのだよ」
ルカ・メレディスはそう切り出した。
おかしな屋敷のある別の空間から抜け出せた翌日のことだった。
場所はフォレストレイ侯爵家ではない。
聖堂のある広場から程近い魔王国の拠点の1つだ。
僕とルカ・メレディスの他には、グレン、イネス、ミアがいる。
「表向きは事故となっている」
これだけ続けば、誰もそうは思わない。
噂というよりほぼ事実として語られているのだろう。
王太子も盤石ではなかった。慣例により、嫡子であった為、王太子とされたが、王としての資質はなかった。
王太子の言動に呆れている貴族は多かった。
それが今回、王位継承権上位の緑の瞳を持った王弟や王子の逝去により、王太子の次期国王の座が確実となった。
「王太子が関わっているのは事実なのか」
グレンがルカを睨む。グレンがルカを睨む理由は王太子の不名誉な噂への怒りでは無論、ない。単にルカが気に入らないだけだ。
「さあ? 関わっていないかもしれないし、関わっているかもしれないね。相手は中々、上手だよ」
ルカはグレンの態度を気にも留めず、穏やかな口調で言う。
「あの王太子に才覚はない。格上を従わせられるとは思えない」
不敬と取られかねないことをグレンは平然と言う。
この部屋は防音となっており、外には一切音が漏れないらしい。
「次期国王にひどい言い草だ。能力が劣っていても周りが何とかするだろう。国は回るよ。しばらくは」
ルカの口調はグレンを咎めるものではない。
「ある意味、あの王太子は操りやすいとも言える。あの王太子が王となることで得をする奴は大勢いるからな。本人が直接関わっているかはともかく、生き残っている以上、無関係ではないか」
「ええ、王太子は操り人形にするならもってこいの馬鹿ね」
イネスまでそんなことを言う。
少し前に僕もイネスに似たようなことを言われた気がする。魔王国は僕を王に据えて、魔王国の操り人形にするつもりじゃないかという話だ。はっきり言って、ないとは言えない。
「そもそも、今回のことを引き起こしているのは人間じゃない。王太子を操る気なのかもしれないが、先入観は持たない方がいいと思う」
魔王国を完全に信用するのは恐ろしい。元より、敵わない相手だ。それはルカ・メレディスのことも同様だ。
魔王国が敵ではないと言い切れないのだ。
「ああ、緑の瞳を持った奴や魔王を攫ったこともあるしな。第4王子と第2王女以外は無事に帰しているのも理解できない。魔王国側は何か掴んでいるのか?」
グレンは相変わらずの荒っぽい口調だ。
「残念ながら、何も。そこで、私達の出番なのだよ。私達で王太子と第3王子の周辺を探る」
「わかった。やってやる」
グレンが真っ先に手を挙げた。
「僕もだ」「やるわ」
僕とイネスが同時ぐらいに声を上げた。
「ボクにできることはあるのでしょうか……ボクは平民だから」
俯き加減のミアは自信がなさそうだ。
平民では王太子と第3王子には近づけない。下位貴族でも簡単には近づけない。
「勿論だとも。君の協力も必要だよ」
「わかりました。頑張ります!」
ミアが嬉しそうに顔を上げて、しっぽを振っている。
「快い返事だ。まあ、私の下にいる以上は、行ってもらうけれどね」
ルカがそう言い終えた時、盛大に部屋のドアが開いた。
両開きのドアが開く限界まで開いている。
何事かと思う。緊急事態でも起きたのかと。
メイに何か起きたのではと胸が騒ぐ。
だが、開いたドアからメイの姿が見えた。
ドアを開いたのはメイではなく、明らかにドアの中央に立つメルヴァイナだ。
もう一度、メイを見ると、メイと目が合った。
メイが僕に微笑んだように見えた。
案の定、すぐにメイに視線を逸らされたが……
メイが無事で本当によかった。
まだ、僕では十分にメイを護れない。
それがもどかしくてたまらない。
何度も思っている。
その時、僕の足に軽い衝撃が加わった。
イネスが僕の靴を蹴ったのだった。
そう言えば、メルヴァイナはなぜ、ここにいるのか?
しかも、メイを連れて。




