196話 変な屋敷での捜索
「仕方ありませんわね。あんな男、忘れるといいですわ。もっと、有意義な過ごし方をすべきですわね。私は元の部屋に戻りますわ」
マデレーンが沈黙を破って、肩で風を切るように大げさに歩き出す。
「マデレーン、行ってしまうのかい?」
「お兄様、我慢なさって下さいませ。私は行きますわ」
「そんな……私はまた、独りになってしまうじゃないか」
「お兄様はお一人でも問題ありませんわ」
長い別れのようなどうでもいいやり取りを聞いていると、より疲れた気になる。
確かに永遠の別れにならないとは限らないけど。わたし達は強力な魔法を使う誰かに閉じ込められているんだから。
やっぱり、寝てしまうのが一番かもしれない。
起きてどうなっているかわからないというのが気に掛かりはする。
わたしとジェロームは部屋の出入口を開け、マデレーンを通した。
「あなた方も来るといいですわ」とマデレーンに声を掛けられ、わたしとジェロームはマデレーンについて行く。
マデレーンの部屋の前に着くと、
「聖騎士のあなたはその辺りにいるとよろしいですわ。あなたはお入りになって」
そう、わたし達に指示してきた。かなり雑な指示だ。
部屋に入り、ドアを閉めるとすぐにマデレーンが口を開く。
「有意義な過ごし方……有意義な過ごし方……そんな過ごし方ありませんわ! 死ぬというのに、何をするというんですの!」
愚痴だった。気持ちはすごくよくわかる。
考えがわたしと似ている気がしないでもない。
確かにもう特にすることはない。
ここから自力で脱出するのは難しそうだ。
こんな所で何日も過ごすのはつらいだろう。することがなくて退屈で、いつどうなるかもわからなくて、時間もよくわからない。
まだ、愚痴が言えるだけましかもしれない。
「ロイやフィーナは大丈夫でしょうか」
「まだ戻っておりませんわね。ですが、どこにいても変わりありませんでしょう? どこが危険ということもありませんわ。どこも等しく危険なのかもしれませんが」
わたしはただ頷いた。
「それにしても、弟達もお兄様同様、情けないですわね。逃げ出すなんて」
「そうですよね。わたしにも話させてくれてもいいですよね」
「当然ですわ。もう、あの聖騎士の方がよろしいのではなくて」
「え? ジェローム?」
「そうですわ。思い残すことがないように。いつ散るともしれぬ命なのですもの」
マデレーンの前にはやっぱり、死があるらしい。
後、色々と間違ってると思う。
「わたし、やっぱり、コーディを、フィニアス殿下を捜してきます」
「ええ、好きにするとよろしいですわ」
マデレーンに止められることはなかったので、部屋を出た。
部屋の外にはジェロームがいた。王女からその辺りにいるように言われれば、離れづらいだろう。
「どうした?」とジェロームから問いかけられる。
どう答えるか迷う。
コーディを捜しに行くって、ちょっと恥ずかしい気がする。
「何でもありません。わたしもこの屋敷を見て回ろかと思いまして」
「今から? 休むんじゃなかったのか?」
「目が冴えてしまって。ちょっと運動してから休みます。一人で大丈夫です」
わたしは言ってすぐに歩き出した。
何となく玄関ホールへと向かう。
ただ、ジェロームがついて来ていた。
「あの、一人になりたいんですが」
「そうは言ってもなあ。放っておく訳にはいかないだろう?」
わたしに聞かれても困る。
「それなら、王女殿下の護衛をお願いします」
「君の護衛は私の弟だ。私の弟ができない今、私が代わりをするしかないだろう」
それ以上、言うことが見つからない。
「でも、わたしの好きな所に行きますよ」
「どこへでもどうぞ」
わたしは玄関ホールから2階へと続く階段を上る。ジェロームはぴったりとわたしについて来る。
もう一度、何かが食べたいわけじゃない。
さっき食事をした食堂とは逆の方へ行く。
マデレーンの話によれば、2階は全て食堂だ。本当におかしな造りの屋敷だ。
毎回、別の食堂で食べられるけど、そんなことをする意味が全くない。
最初のドアを開けると、やっぱり食堂だった。
次のドアも、その次のドアもやっぱり食堂。
しかも、ドアはずっと続いている。
もちろん、わたしとジェローム以外、誰もいない。気配もなく、静かだ。
コーディは一体、どこに行ってしまったのか……
どこかの部屋にいるなら、見つけるのはかなり大変そうだ。
フィーナもロイを見つけることができたんだろうか。
もしかすると、コーディはロイやフィーナが向かった方へ行ったのかもしれない。
いっそ、大声で呼んでみればどうだろう?
とりあえず、続いているドアを順番に開けて行ってみる。
無駄な気はするけど。
ジェロームは何も言わない。護衛に徹してくれるらしい。
結構、ドアを開けたと思う。ずっと同じ食堂で変わりなかった。コーディもいない。
2階には誰もいないのかもしれない。
わたしは1階に引き返した。
マデレーンのいる部屋を過ぎ、その隣の部屋を覘く。誰もいない。
その隣も、そのまた隣も。
わたしは廊下の奥を眺めた。
果てしなく続いているような廊下。
さすがに無限ではないんじゃないか。きっと空間を作るのはかなりの魔力がいるんじゃないか。
それなら、果てはある?
よし! これは走るしかない!
ジェロームには何も言わず、走り始めた。ジョギング程度の速さだけど。
さっきジェロームと話していた部屋はどこかわからない。感覚的にはもう通り過ぎたはずだ。
わたしはわざと大きく足音を立てて走る。
そうすれば、コーディかロイかフィーナが気付いてくれるかもしれない。




