194話 ある一室にて
「わたしに聞かれても何も知りません」
わたしは先制してジェロームに言った。
これからジェロームに問い詰められるのかと身構える。
「聞いてほしかったのですか? 魔王様」
ジェロームがおどけた様子で言う。
「シンリー村でのことはウィリアム兄様やコーディに既に聞いている。間違いであってほしいとは思っていたが」
一転して、ジェロームは真面目に話し始めた。
「言っておくが、魔王国を信用しているわけじゃない。ただ……今回のことでよくわかった。私達ではどうしようもないのだと。今は私達3人だけだ。今なら遠慮なく話せるだろう? コーディなら、ついて来ると思っていたしな」
「兄様……」
ドアのすぐ傍にいたコーディがわたしとジェロームの傍に来る。
「私は大丈夫だ。それより、彼女のエスコートを私がしてしまってすまない、コーディ」
「……そんなことはかまいません」
「なんだ、そうか」
ジェロームがコーディの肩を叩く。
「それで、本当に何も知らないのか?」
急にジェロームがわたしに話を振ってくる。
結局、聞いてくるんじゃない!
とは言っても、全く知らないということもない。
「アーノルドというのは誰だ?」
ジェロームが的確に聞いてくる。彼はすでに色々知っているから、教えても、たぶん、問題ない。
「魔王国の宰相の弟です。行方不明だと聞いています。それに、宰相やその家族はこの空間を作り出すような魔法が使えます。あの聖騎士を操っているのはその人かもしれないと、わたしが勝手に考えているだけですけど」
「人間じゃないんだよな?」
「そうですね。ドラゴンです」
「……ドラゴン? コーディが魔法で作ったドラゴンじゃなくて?」
「はい、本物のドラゴンです」
「……神の使いに喧嘩を売るってことか」
ジェロームが遠い目をしている。
なぜか、コーディは驚いたような表情を浮かべている。
「単刀直入に聞くが、ここを出る方法はあるのか?」
「はっきり言って、わたしにはわかりません。色々、試してみてもいいかとは思いますが。コーディは何かわかりますか?」
「いいえ、申し訳ありませんが、僕にもわかりません。転移魔法も使えませんでしたので。晩餐の時に料理の出現元へ転移できればよかったのですが、僕の実力不足でできませんでした」
「あの、わたしは食器が片付けられる時に、一緒に転移できないかなと思っているんですが」
「おそらく、できないと思います。高度な転移魔法は的確に範囲を指定します。食器しか転移できる余裕はないはずです。試した訳ではないので、絶対とは言いませんが」
わたし達の力だけでここから出るのは難しそうだ。
わたしを魔王と知って、閉じ込めているわけだし。
「あの魔王国の二人は助けに来ないのか?」
来られるならすぐに来ているような気がするし、でも、そうでない気もする。すぐに来られても、来ない可能性もないわけじゃない。
わたしははっきりした答えを避け、首を傾げた。
「ここを出るのは無理そうなわけだな。どういうつもりか知らないが、向こうが動くまで、ここにいるしかないか」
ジェロームは何気なく言うが、無能な魔王と思われていそうで、ちょっと傷ついた。
本当に無能で、その通りなわけだけど。
「仕方ない。ここでゆっくりさせてもらうとするか」
ジェロームはあっさりと状況を受け入れてしまう。
実際、どうにもならないから、仕方ない。
「そうですね。いつ出られるかわかりませんし」
「疲れているだろう? 休もうとしているところを引き留めて悪かった」
「いえ、大丈夫です。ジェロームさんもどこかの部屋で休んで下さい。コーディも。護衛はいりません。たぶん、大丈夫だと思います。コーディも休んでください」
もう、この部屋で寝ようか、それとも、マデレーンの部屋の傍の方がいいかな。
そんなことを考えていると、ジェロームがじっと、わたしを見ていた。
「……いや、そう言ってやるな。護衛が仕事だろう?」
「ですが、もう、たぶん、夜だと思いますし、コーディも休んだ方がいいと思います。わたしは中々、死にませんので」
確かに、ちょっと危機感が足りないかもしれないけど、必要以上に怖がってもいけないとどこかの誰かが言っていた。
休める時は休むべきだ。
徹夜で護衛とかする必要はない。
「わかりました、メイ」
コーディが部屋を出ていく。
「待て、コーディ」
ジェロームがコーディを追いかけていこうとする。
わたしは咄嗟にジェロームの服を掴んでいた。
ジェロームがわたしに気付き、振り返る。
「放してほしいんだが? 私は可愛い弟の方が大事だ」
「それはわかりますが、今まで付き合ってあげたんですから、次はわたしに付き合ってください。わたしは本当のことが知りたいんです。あなたなら、はっきり言ってくれそうだから」
ジェロームはため息を吐き、
「我儘な王様だな」なんてことを言う。
「そうです。わがままなんです」
「それなら、早くしてくれ。何をはっきり言ってほしい?」
どうやら、ジェロームはわたしに付き合ってくれるらしい。
「みんな、わたしに優しくしてくれます。でも、それはわたしが魔王だから、仕方なくしてくれているのかなと……」
「あの魔王国の奴らのことは私にはわからない。魔王だから、かもしれない。誰も信じられないなら、いずれ、孤独になる。皆を信じろとは言わない。自分で見極めろ。本題は何だ? 今の、ということはないんだろう?」
確かに、今、ジェロームに言ったことは本題じゃないと言えば、そうかもしれない。
魔王国の宰相のことも信じているわけじゃない。あの四天王も完全に信用できるわけじゃない。
でも、イネスやミア、王国であった人達のことは……後、グレンも。コーディは……
「……コーディはわたしを嫌っていますか?」
「は!?」
ジェロームが微妙な顔を向けてくる。せっかくの美形なのに、台無しだ。
「わたしを妹のように思っているって、言われたんです。でも、前より、冷たいような気がして。魔王であるわたしを恨んでも仕方ないと思います」
「弟は必死で護っているだろう?」
「それは仕事だから。コーディは真面目ですし」
「いや……弟も悪いと思うが……私の弟が嫌いか?」
「そんなことはないです。でも、兄だとは思えません。わたしに元々、兄なんていないから」
コーディを兄だとは思えない。
でも、傍にいてほしい。
本当は、恋人同士になりたい。結婚はちょっと早いと思う。
コーディが別の誰かと恋人同士になったら、つらい。そうなれば、傍にはいられないと思う。
「コーディには好きな人がいるんですか? えっと、結婚したい相手が。イネスかと思ったんですけど」
見つめ合うコーディとイネスはとてもお似合いだと思ったんだった。
「あー、あのな。好きな女性はいるだろう。ただ……本当に知らないのか?」
「知りません。あの……」
コーディを応援……はできなさそうだ。
続ける言葉がなくて、黙ってしまう。
「そうなのか。弟にはよく言っておく」
何を言っておくのかわからないけど、わたしはジェロームに言っておかないといけないことがある。
「わたしは魔王です。一応、そう言うことになっています。だから、魔王国で暮らすことになっても、コーディやイネス、ミア、グレンもわたしが護ります。誰も傷付けられないように」
「お任せしますよ、魔王様」
ジェロームは見惚れそうな微笑を浮かべていた。
「コーディはわたしがこの国に来てから傍にいてくれました。とても心強かったんです。だから、できれば、魔王国でも傍にいてほしいです」
コーディに振り向いてもらうにはどうすればいいかとかはさすがに聞いたりはしない。
コーディの兄にちょっとだけ、アピールしておく。
「弟が望むなら、それでもいい」
ジェロームからは色良い返事がもらえた。
「ところで、私は寂しいのです。私と共にいていただけませんか、聖女様」
わたしは聖女じゃない。
それに、やっぱり、ジェロームは軽い。
ジェロームの差し出された手を叩こうとしたが、わたしの方が痛そうだったので、止めた。
その手を無視し、部屋を出た。
廊下には誰の姿もなかった。




