191話 聖騎士ダレル
聖騎士はわたしの前に一瞬で移動した。
そして、わたしの前に跪いた。
「あなた様に危害を加える気はございません、王よ」
死体が無理やり動かされているようだった。
ただ、その言葉は流暢に話される。
足がすくむ。相手はわたしに跪いているにもかかわらず。
わたしの知っている聖騎士と姿は同じでも、別の何か。
しかも、わたしが魔王だと知っている。
その声も同じ。声だけなら、人間と変わらない。
「もうしばらく、こちらに留まっていただきたく存じます。王にご不便をお掛けしてしまい、申し訳なく思っておりますが、お許し下さいませ」
わたしは恐怖に負けないように手をぐっと握る。
「この空間にいる全員に対して危害を加えないんですか?」
「あなた方にこれ以上の攻撃の意思がないのであれば、こちらにいる間、危害を加えないことをお約束致します」
「どうしてここに留まらないといけないんですか?」
「今は申せません」
「……わかりました」
わたし達が目の前の聖騎士に勝てるとは思えない。
素直に従うしかなさそうだ。
「アーノルドさんですか」
宰相の弟アーノルド、彼が聖騎士を操っているんじゃないか?
それなら、今、話しているのはそのアーノルドかもしれない。
思わず、そう聞いてしまった。
聖騎士は何も言わず、姿を消した。
コーディとジェロームは起き上がっている。
特に怪我はなさそうだ。身体強化もしているから、大丈夫だと思う。
それに、ここにいる間は殺されたりしないだろう。
たぶん、約束は守るんじゃないかな。
ここを出た瞬間、殺されるとかはないことを祈る。
もう一つ、お姫様と王子様とフィーナには色々と黙っていてもらわないといけない。
これから、脅すわけではないけど。
でも、やっぱり、黙っていてもらわないといけない。
聖騎士はいなくなったけど、空気が重い。
聖騎士の脅威というのもあるし、ここから出られないということもある。
それに、ジェロームは同じ聖騎士に、それもおそらくよく知る相手に攻撃されたのだ。
「あの聖騎士は何ですの? あなたは知っているのでしょう? どうして聖騎士がこのようなことを!? あの聖騎士の顔は!?」
マデレーンは非難するような声をジェロームにぶつける。
今のジェロームはそっとしておいてあげてほしい。
「国境を護る辺境伯家の4男ダレル・アークライトです。彼とは騎士学校で出会い、同じダレルという名を持っていることもあり、友で、好敵手でした。彼は勇者の護衛を務めた後、消息を絶ったのです。身体は彼で間違いないかと存じます。ですが、口調や話し方、それにあの力は、彼ではありません。弟が言ったように既に亡くなっているのでしょう」
「あれは……死体ですの……?」
マデレーンは弱々しい声で呟いた。
「なんておぞましい……」
マデレーンの言う通りだ。
ジェロームは特に辛いだろう。アリシアの時と同じ。他の勇者の護衛の聖騎士達にも同じように思う人たちがいるんだと思うと……
「知らないことだらけですのね。何も知らないまま、私は殺されるのかもしれませんわ」
大丈夫だとは思うけど、確信が持てない。だから、大丈夫だとは簡単に言えない。
「あれは、ダレルではありません。同様の状態となっている聖騎士も。彼らの意思では断じてありません」
ジェロームはそう言い切った。
それ以上、ジェロームに誰も話し掛けない。
どう話し掛けていいのかなんて、わからない。
コーディやフィーナがジェロームに声を掛けたい様子だったけど、結局、口を噤んだ。
「あの聖騎士は”王”と……私達、王族に恨みを持っているのか、それとも、反乱か、否、お兄様が私達を……」
エリオットが暗い表情で呟く。
あの聖騎士はわたしの方を向いて跪いていた。ただ、単に中心付近にわたしがいただけと考えれば、全員に向かって言ったと取れなくはない。
責任逃れの言い訳だ。
あの聖騎士は間違いなく、わたしに言っていた。
そして、間違いなく、魔王国関連だ。
あの聖騎士を操っているのは、宰相の弟、アーノルドだと思う。
ただ、何にしても、すぐに動きはないだろう。
「私は弟を捜しに行かなければなりません。失礼致します」
フィーナはそう言うと、走りはしてないけど、足早に行ってしまった。
「わたしも、休んできます」
そう言って、歩き出そうとすると、誰かに腕を掴まれた。
「私も休みますわ。参りましょう」
マデレーンだった。
「お待ち下さい」と歩き出すわたし達をコーディが止める。
「ああ、護衛でしたわね。好きにしてよろしいですわ」
コーディに振り返ることなく、マデレーンに引っ張られる。
「マデレーン、待ってくれ。私を置いて行かないで」
今度はエリオットが止める。
「お兄様、情けない声を出さないで下さいませ」
マデレーンはエリオットを置き去りにし、わたしはそのまま、マデレーンに最初に会った部屋へと連れ込まれた。




