185話 兄弟 二
「「恋人ではありません」」
わたしとコーディが同時に言う。
わたしは恋人でもよかったけど。
「僕はメイの護衛です、兄様」
まあ、恋人じゃないのが事実だ。
コーディは事実を言っているだけだ。
「そうか?」
ジェロームは薄い笑みを浮かべている。
「ジェローム様の弟? 弟はフィニアス殿下ではありませんでしたか?」
フィーナがそう言うということは、ロイも気付いていると思う。
ロイをちらっと見る。ロイはコーディを見つめていた。
「その通りですよ。弟は髪の色も目の色も陛下と同じでしょう。当家ではコーディと呼んでいるのです」
「そうなのですね。フィニアス殿下、あの、ロイは――」
「僕はフォレストレイ家三男コーディ・フィニアス・フォレストレイです。フォレストレイ家が僕の家族です」
きっぱりと言うコーディはどうしても第6王子として見られたくはないようだ。
「コーディ様は私の実の兄なのですね。緑の瞳の兄がいると聞いておりました。お会いしたいと思っておりました。それが叶い、うれしく思います」
ロイは穏やかな口調だけど、何かをかみ殺すようにしていた。
「元気そうで何よりです」
コーディの返答はそれだけだ。
実の兄弟とは言っても、10年以上ずっと会っていなかった。だから、感動の再会というわけでもないんだろう。
微妙な雰囲気である。
全員が話さなくなると、完全な静寂だ。
「メイさんが噂になっていた聖堂の治癒術師なのですか?」
フィーナが兄弟のこととは関係ないことを問いかけてくる。
「違いますよ。あの聖堂に治癒術師はおりません。彼女はフォレストレイ侯爵家の客人です。その客人が偶々、治癒術師だったというだけです」
答えたのは、わたしじゃなく、ジェロームだ。
わたしはどうしても、コーディとロイのことが気にある。こんなにあっさりしていていいのか。
それぞれにすでに別の家族がいて、その家族と過ごした時間の方がずっと長い。
そんなものなのかもしれない。
わたしは突然、家族と離れ離れになってしまったから……
「ロイ、コーディはロイの体が弱かったこと気にしていたようだから……」
つい、わたしは余計なことを言ってしまった。
言って、後悔する。そんなこと、わたしが言うことじゃない。
「メイさん、お気遣いいただきありがとうございます。兄に会えただけで十分です」
ロイがわたしに一歩、近づいてくる。
「メイさん、これからもお会いしてよろしいでしょうか」
わたしにだけ何を言っているのか聞き取れるような小さな声でロイが言う。
「コーディと? それなら、わたしに許可をとらなくても――」
「違います。メイさんと、です」
「それはもちろんです。わたしもまた、会いたいです」
わたしと会うなら、ロイはコーディとも会える。それに、ロイはかわいい。優し気な眼差しに、ふわっとした雰囲気。元の世界のわたしの部屋に置いていたテディベアみたいだ。
「それより、ここから出なくてはなりません」
コーディに冷たく言い放たれた。
「その通りですね」
ジェロームの声も冷たく響く。
何だか、二人して威圧感がある。二人とも美形で、逆にちょっと怖い。
こんな時に、要らないおしゃべりばっかりしているから?
うん、確かにその通りだ!
何か出そうな不気味な屋敷にいたのを忘れてた!
また、ばらばらにされるんじゃないか……?
空間魔法関連は思い出したくないことが多い。
せっかく、記憶の片隅に行っていたのに、また、思い出してしまった。
いや、思い出しちゃだめだ……いろいろ、思い出しちゃいけないことがある……
ちょっと、発狂しそう……
「外に出てみましょう」
わたしはそそくさと移動し、外に続く玄関ホールの扉を開けようとしたが、開かない。そんな気はしたけど。
コーディとジェロームが開けようとするが、ビクともしない。
多少、ガタガタと音がしてもいいのに、全くしない。固定されているか、ドアの形の彫刻みたいだ。
やっぱり、これは、空間魔法で間違いないのかもしれない。
作り出された空間なら、なぜ、こんな荒れ果てた屋敷にしたのか? きれいな屋敷でもよかったんじゃない!?
敵は雰囲気から入る人なんだろうか? まあ、絶対に人間の仕業ではない。
雰囲気は嫌な程、抜群だと思うけど。わたし達にとっては悪い意味で。
屋敷は荒れている。荒れているけど、壁が大規模に壊れているとかいうことはない。窓ガラスも割れていない。
落ちていた壁か天井の破片を窓に投げつけた。
普通なら、窓ガラスが割れるはずだが、破片ははじき返されて、窓の傍に落ちた。
予想通り!
うれしくないけど。
「閉じ込められた訳ですね」
ジェロームは落ち着いた調子を崩さず言う。
「兄様、屋敷の中を見て来ましょうか? 魔法で壁を破壊できないかも試してみようかと思います」
コーディが提案する。
「別れない方がいい。全員で行く。休める場所も確保しよう」
ジェロームがコーディに言う。その会話はわたしやフィーナ、ロイにも十分、聞こえている。
これから屋敷の探検だ。全然楽しくない。むしろ、廃墟に肝試しに行くような。
どさくさに紛れて、コーディに抱き着いてしまおうか。
肝試しでも安心できそうだ。
わたしにできるわけないんだけど。
そんなことを考えている場合じゃあ、本当にない。
わたしとコーディは死ににくいけど、後の3人は普通の人間だ。
わたしとコーディで護らないといけない。
最悪、盾にならないと。
後……休める場所の他に、トイレも……
意識すると、行きたくなってしまう。トイレに。
同じ女性のフィーナがいてよかった。
「メイ、不安でしょう」
コーディが声を掛けてくるが、トイレのことを考えていたとは言えない。
「僕も少しは強くなりました。必ず、全員でここを出ましょう」
「はい――」
誤魔化すように、一言だけ言った。




