184話 兄弟
フィーナとロイは何が起こったかわからないというように呆然としている。
転移魔法のことを知らなければ、当然だと思う。
普通の人間は転移魔法なんて知らないはずだ。
もしかすると、メルヴァイナがわたし達を逃がすために転移させたということもあるかもしれない。
「コーディ、ここを離れれば、転移魔法は使える可能性があるな?」
ジェロームは落ち着いた様子で言う。
「はい。離れられれば、可能かと思います」
離れられればとわざわざ言うコーディ。
わたしはハッと思い出した。前に彷徨った魔王城。空間魔法!
この空間に閉じ込められたかもしれない。
食料もないし、ずっと出られなかったらどうしよう……
こんな所はいやー!
わたしの頭の中では大騒ぎだ。
「メイ、僕から離れないでください。必ず、護ります」
コーディの優しい声だ。
真正面にコーディの顔があり、目が合う。
すごく恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
すぐさま目を逸らしたくなるけど、耐えた。
コーディはこんな状況だから、真剣に言ってくれている。目を逸らすのはかなり失礼な気がした。
色々、拗れる前のようだ。
「はい。お願いします。わ、わたしもしっかり支援します」
コーディと目が合ったままで、どうしていいかわからない。
「聖女様」
そのジェロームの声に現実に引き戻された気がした。
ジェロームの視線は間違いなく、わたしに向けられていて、その言葉はわたしに向けられていた。
わたしは聖女じゃない。
ジェロームはわたしが魔王だと知っている。
絶対にわざと言っている。
「怪我を治していただき感謝しております」
頭を下げる彼は立派な聖騎士に見える。
確かにジェロームの怪我は治っているようだ。転移前に発動した治癒魔法がちゃんと掛かっていたんだろう。
「聖女様って……?」
固まっていたフィーナが声を掛けて来た。
「フィーナ嬢、お久しぶりです」
「ジェ、ジェェ、ジェローム様、おひさしぶりです」
フィーナから、途中、変な声が出ていたが、ジェロームは眉一つ動かさず、スルーしている。
「彼女は治癒魔法を得意とする治癒術師です」
「メイさんが治癒術師? じゃあ、冗談じゃなかったということ!?」
フィーナが大声を上げるが、次の瞬間、はっとして口を噤む。
「し、失礼致しました、ジェローム様」
フィーナの顔が赤いように感じる。
それにしても、ジェロームは家の外ではかなり猫を被っている。
わたしは呆れてジェロームを見ていた。
「兄様」
感情の籠らない単調な声でコーディが自分の兄を呼ぶ。
「怒らないでくれ、コーディ。邪魔する気はなかった」
ジェロームは即座に答えた。
「ジェローム様、メイさんとコーディさんとはお知り合いなのですか?」
「弟とその恋人ですよ」
ジェロームはそう衝撃的なことを言ったのだった。




