183話 転移の罠
フィーナに追いついたのは聖堂のすぐ前だった。
聖堂に入るには、瓦礫を超えて入るしかなさそうだった。入口も崩れてしまっている。
さらに崩れれば、二次被害になりそうだ。
中の様子は崩壊を免れた壁と瓦礫で見えない。
ティムも大丈夫なんだろうか。ティムは人間でないとはいえ、わたしより年下だ。わたしの元の世界ではそんな危険なことをさせるべきじゃない。
あるのかわからないけど、救助隊のような人達も到着していない。
わたし達の他にも、様子を窺う一般庶民がいるくらいだ。
瓦礫が邪魔をして聖堂の中に簡単に入ることもできない。どうすればいいか戸惑うばかりだ。
フィーナもまた、立ち尽くすだけだった。
わたしもその後ろで、フィーナの後ろ姿を見ていることしかできない。
「メイ、ここから治癒魔法が使えませんか? 状況がわからないので、敵も回復させてしまうかもしれませんし、瓦礫に埋もれていればどうなるかわかりませんが、おそらく、しないよりは」
コーディに言われて、ハッとする。確かにわたしを中心として広範囲に魔法が掛けられる。
「はい、ここからでもできます」
「お待ちください。全く状況がわからないのであれば、それもいいと思います。ただ、中にはティムがいます。ティムが情報を送ってきます。怪我人は多いそうですが、すぐに死んでしまうほどではないと。それに、神官の一人は、今回の目的の為の情報提供者です」
メルヴァイナが口を挟んできた。
要は全員無事ということなんだろう。それに、おそらく、神官の一人は魔王国のスパイだ。人間ではない可能性もある。
「では、僕が中に突入します。魔法で壁を支え、穴を開けます。魔法は属性魔法を使っているように偽装します」
「コーディ、残念だけど、まだ、あなたじゃあ、”あの聖騎士”には勝てないわよ。それに、メイを放って行くの? 穴を開けるのはかまわないけどね」
「わたしも一緒に行きます!」
わたしはすぐさま、手を挙げた。
「仕方ありませんね。することもありませんし。コーディ、通れるくらいの穴を開けてね」
コーディはロイとフィーナを追い抜いて、残っている聖堂の壁に近づいた。
コーディが使ったのは火の魔法だった。
火球を聖堂の壁にぶつける。
火の魔法はグレンが得意だから、コーディが使っているのはあまり見ない。
壁はきれいに人一人が通れる大きさの穴が開いた。その魔法によって他の部分は一切崩れていない。
ただ、実際に穴を開けたのは、闇魔法だと思う。
「すごいわぁ! 行ってみましょう!」
メルヴァイナの声を合図に、コーディが先行して、メルヴァイナとわたしも聖堂の中に入った。
聖堂の前方はあまり壊れていないが、後方、入口の近くはぐちゃぐちゃになっている。
天井は崩れている。天井が崩れたにしては、被害が少ない気がする。
聖堂の中央付近に、ティムと、ティムと対峙する敵の聖騎士。変な仮面はつけていないから、素顔が見えている。顔は黒ずんでいるものの見覚えがある。生気がないように感じる。
「コーディ。どうしてこんな所にいる?」
ジェロームが立ち上がって、コーディを見ていた。
頭から血を流し、痛々しい。
他の聖騎士や神官の姿も見える。全員、負傷しているようだ。
メルヴァイナはティムの加勢に行く。
わたしは治癒魔法だ。
わたしは治癒魔法を発動した。
わたしが発動したのは治癒魔法だけだ。
なのに、景色が変わった。
もう、そこは崩れた聖堂内じゃなかった。
何が起こったかはすぐにわかった。
転移されたのだ。
転移されたのはわたし一人ではなかった。傍にいた人全員。わたしとコーディとジェローム、それに、なぜかフィーナとロイまでいる。
今いるのは、荒れ果てた屋敷の中だった。おそらく廃墟だ。崩れていないので、雨は防げる。
まだ昼なので、ある程度、明るい。夜だったら、何か出そうな雰囲気だ。
今のわたし達の中で転移魔法が使えるのはコーディだけのはずだ。メルヴァイナもティムもいない。
「コーディ、転移魔法を使ったんですか?」
「いえ、僕ではありません」
コーディが否定する。
それなら、誰が転移魔法を使った?
「転移魔法は転移魔法を使った本人も必ず転移されるんですか?」
「そうとは限りません。ただ、難易度は上がります。僕はまだできませんので。転移させる対象のすぐ近くにいる必要もあります」
「じゃあ、転移魔法を使った誰かがここにいるかもしれないし、聖堂にいるかもしれないんですね」
「そうなります。ですが、必ず無事に送り届けます」
コーディは一呼吸置き、言いにくそうに口を開く。
「言っておかなければならないことがあります。ここでは転移魔法が発動しません。何度か試しましたが、転移できません」
コーディの転移魔法ですぐに王都に戻ればいいと安易に考えていた。
それは打ち消された。
ここがどこかもわからない。王都からすごく遠いかもしれない。
歩いて帰らないといけなかったら、どうしよう……




