178話 ロイとの再会
「あなた様に危害を加える気はございません、王よ」
わたしに傅いた聖騎士には、見覚えがあった。
勇者を護衛していた聖騎士の一人だ。
黒い門へと走るわたしを止めようとしたあの時の声と同じだと思う。
その彼の姿は――生きている人間には見えなかった。
王都の転移先はフォレストレイ侯爵家だった。
転移先にイネスとミアがいないので、彼らは別で転移したんだろう。
王都に戻って真っ先に聞いた話題は王弟の事故死についてだった。
表立ってはないが、事故死に対する疑惑が持ち上がっているとかいう話だ。
戻って早々にどんよりした気がする。
メルヴァイナによれば、バルコニーから転落したらしい。
はっきり言って、わたしも事故死は疑わしいと思う。
立て続けに王族が死んでいるのだ。
ただ、第2王子、第5王子に関しては噂にすらなっていない。
死んだという話も聞こえてこないということだ。
対照的に王弟の場合、国を挙げての葬儀となるらしく、1日喪に服すことになるらしい。
その日は華美な装い、華やかな宴は禁止される。
それが明日のことだ。
まさか王都の人全員が喪服を着なくてはならないということはないと思うけど、どの程度なのか。
それで言うと、メルヴァイナは完全にアウトだと思う。そもそも、王都に似つかわしくない服装だ。
王都に戻ったからと言って、わたしにできることは今の所、ない。
ないのだ。
何をどうすればいいのか、全く考えつかない。
本当に宰相の弟はこの王都にいるのか、いるならどこにいるのか、全く見当がつかない。
「時間はあるのですから、焦る必要はありませんよ。仮に王都にいなかったとしても、どこかで動きはあるはずです。この王都が壊滅しなければ、多少の犠牲は仕方ないでしょう」
メルヴァイナはフォローになっているのか、なっていないのか、よくわからないことを言う。
王都さえ壊滅しなければいいのだろうか?
もうすでに村が1つ壊滅している。王国からすれば、2つかもしれない。シンリー村は壊滅はしてないけど、村があった場所には穴しかない。
「動きがあるまで、することはないんですか?」
「このフォレストレイ侯爵家の皆さまと仲良くしてください。他には特にありませんね。観光でもされてはいかがですか。ああ、メイさま、外出の時は必ず、魔王国の誰かを伴ってください。どんな危険があるか知れませんので」
やっぱり、相手が動いてくれないとどうにもならないらしい。
何の情報もなく、一人を捜し出すなんて無理だろう。予想はしていた。
今することは、ここの人達と仲良く、かぁ~。
ウィリアムとはまあ、それなりに、会話はできるようになった。仲良くと言えるかは謎だけど。かなり迷惑を掛けただけのような気もするけど。
後は、軽そうな印象のジェロームと、まともに話せる気のしない厳しくて怖そうな侯爵。
ああ、憂鬱すぎる。
あ、それとコーディのお母さんがいた。まだ、会ったことがない。同じこの屋敷にいるはずなのに。
会わせる気はないということかもしれない。
仲良くなんて、ハードルが高い。
本当に、わたしの会話能力の低さを甘く見ないでほしい。
宰相の弟を見つければ、魔王のことやアリシア達に起こったことが何かわかるかもしれないと期待を持ったところだったけど、一旦、立ち止まることになりそうだ。
「明日はあまり出られないから、これから私と出掛けましょうか。ティム、一緒に来なさいよ」
関係ないというように、少し離れていたティムはメルヴァイナから声を掛けられる。
ティムはお決まりのように思いっきり嫌そうな顔をした。
それでも何も言わず、渋々といった様子で近寄って来る。
「ふふ。いい子ね」
わたしは転移させられるのかと身構えたが、違った。
メルヴァイナは普通に歩いて、部屋のドアを開ける。
普通のことだけど、逆に驚く。
「行きますよ、メイさま」
メルヴァイナが振り返って、笑みを向けてくる。
「お、おい! 転移しないのかよ」
「今日は止めておくわぁ」
メルヴァイナに連れられて、この屋敷の前で馬車に乗る。
馬車はフォレストレイ侯爵家の馬車ではなく、魔王国が用意したもので、御者も人間ではないそうだ。
だから、御者も十分、戦えるとメルヴァイナが説明してくれた。
そんな事態になってほしくない。
それよりも説明してほしいのは、馬車の行先だ。
「どこに向かっているんですか?」
「協力してくれそうな人間の元です。味方が多い方が何かと役に立ちますから」
「その人とは知り合いなんですか?」
「私は会ったことがありません。ですが、メイさまはお知り合いでしょう。ちゃんと手土産も持ってきておりますよ」
メルヴァイナが胸を張って答える。
「手土産があればいいと言う訳ではないと思いますけど」
「そうですか? 私はかなりうれしいのですが。魔王国が誇る王室料理人のお菓子ですよ」
そう言えば、前もパンを持ち込んでいたなぁ……いいのかなぁ……
胡乱な目で見てしまう。まあ、わたしもデリアに持って行ったけど。
そして、魔王国の被害者にされそうな哀れな人を想う。
ん? わたしの知り合い? 王国に知り合いなんていないはずだ。
「行先は中央広場。この国の第7王子がそこを通るって話だ」
ティムが端的に知りたかった答えをくれた。
ロイに会うらしい。ただ、約束している訳ではなさそう。
「第7王子であるレックス王子については、魔王国も注目しているのです。私も会っておきたいのです。偶然、再会したという風に装ってくださいね、メイさま」
もちろん、ロイことレックス王子に会ったことをメルヴァイナに言ってはいない。とは言っても、隠していた訳でもなかった。
「はい、それくらいなら」
馬車が止まったのはそのすぐ後だった。
そこは広場の近くで、コーディと来たことがあるから、なんとなく覚えている。
ロイと会ったのもこの近くだ。
先に降りたメルヴァイナが「出迎え、ありがとう」と声を掛けている。
「いえ、ルカ・メレディスに頼まれましたので」
馬車の外でコーディの声が聞こえた。
イネスに負けず劣らずの単調な声だ。
コーディも魔王国に属しているけど、無理やりさせられたことだ。人間として生きていけなくなって、仕方なくそうしたに過ぎない。
きっと不満はあるんだろう。
わたしに言ったところでどうなるものでもないと思うけど、コーディにちゃんと聞いてみよう。
「兄貴! お会いしたかったです」
ティムが馬車を飛び出していく。
「ティム――」
「来てもらって悪かったわね。いた方がいいかと思ったのよ」
「レックスに会うと聞きました」
外の3人の会話が聞こえてくる。
わたしはいつ馬車を降りればいいんだろう?
まあ、いいか。わたしのことを忘れてくれても。
「それで、メイさまにも来てもらったのよ」
忘れている訳はもちろんなかった。
馬車の入口をずっと見ていたわたしとコーディの目が合った。
「メイ、どうぞ」
コーディが手を差し出してくる。
無視できるはずがなく、わたしは自分の手をコーディの手に重ねた。
その手を凝視する。
今、コーディの顔を見る気がしない。
わたしを冷たく睨んでいたら……傷つく……
嫌いなはずのわたしにもこんなことをするのは、わたしが魔王だから、それと、コーディが騎士志望だったからだろう。
こういうときは、わざとよろけて受け止めてもらうとか。
小説とかでたまに出てくる。
いや、そんなこと、今の状態でできるわけない。
そんなことを考えていたからか、馬車を降りようとして、ほんとに足を踏み外した。
顔面を打ち付ける想像をして心臓と呼吸が止まった気がした。
わたしはコーディに抱き留められていた。
痛い思いはせずに済んだ。後、コーディに見捨てられなくてよかった。
優しい彼がそんなことをするとは思えないけど。シンリー村でもわたしを助けてくれたのだ。
「ありがとうございます」
そう言うと、思わず、コーディの顔を見上げた。
顔が結構近い。今の状況を思い出す。
コーディと密着したままだった。
コーディの表情は、なんというか、どことなく可愛く見えた。どことなくロイに似ている気もする。兄弟だから当然かもしれない。
コーディが怒っているとか、憎んでいるというような顔には見えなかった。




