177話 再び、森の中 二
森の中に下り立つが、もちろん、見覚えなんてない。
ここを通ったかどうかなんてわからないし、転移してきた場所の詳細を思い出すこともできない。
目立つようなものはなかったから、森の一部というような認識しかない。
むしろ、こんな森を彷徨った記憶はできれば消し去りたいぐらいだ。
薄暗い森だけど、今はそんなに不気味だとかいう印象はない。
当然、謎の声も聞こえない。
普通の森だと思う。
「こんな所に転移してきたのか」
生意気そうな口調でわたしを憐れむようにティムが言う。いつの間にかティムと、イネス、ミアまでドラゴンから降りて来ていた。
乗ってきたドラゴンは消えていた。
「生きていたからいいの」
本当はそれでいいわけがない。
どうしてこんな世界に来なければいけないのか、理不尽すぎる。
森を彷徨っていた時の気持ちが蘇ってくる。
どこにぶつけていいかわからない怒りがある。
こんな所に来たくなかった。
この世界に来たくなかった。
わたしを元の場所に戻してほしい。
ここはわたしの世界じゃない。
わたしを帰らせてよ!
心の中で叫んでも、何も起きない。
ずっと同じ森の景色が見えているだけ。
泣き叫びたくなってくる。
そんなことをしても意味がないのはよくわかってる。
一緒に来てくれた4人を困らせるだけだから。
実際にそんなことはしない。
でも、何とも言えない感情が暴れそうだった。
「ほんとに意味がねぇな」
ティムがいらないことを言って来る。
だから、そう言ったじゃない!
と、頭の中のわたしが憤怒の形相で喚く。
そのおかげか、怒っても無意味、元の世界に帰れるわけじゃないと、もう一人のわたしが言う。
よほど、宰相の弟を捜す方がいい。
どうにもならないことぐらい、わかってる。
「もういいだろ? ここには何もねぇよ。転移魔法は時間が経てば形跡も消える。何も残ってねぇよ」
「わかってる。メル姉も言ってたじゃない? 偶にはこういうこともいいって。森林浴もいいじゃない」
「俺の故郷はこんなつまらない森ばっかだったけどな。今日は兄貴もいねぇし。帰るときは言ってくれ。俺は適当にしてる」
兄貴というのはコーディのことなんだろう。なぜかティムはコーディに懐いている。
ティムは森の中をどこに向かうつもりなのか、歩いて行ってしまう。
前は、コーディがいてくれた。
そのコーディは今はいない。
わたしは嫌われてしまったから。
はっきり、わたしに言ってくれればいいのに!
文句があるなら、聞くのに!
そう言いながら、そう言えば、わたしも何も言ってないと気付く。
「コーディとグレンが来なかったのはわたしのせいですよね」
「ん、んんん」
ミアが変な声を出す。相当、困らせてしまっているようだ。
「ルカ・メレディスから役目をもらったのよ。全然、急ぐ必要のないことだけど。魔王国での立場があやふやだから、できることは何でもしたいのよ。魔王国での地位を築けるように」
イネスの口調は相変わらず淡々としてるけど、わたしを励まそうとしてくれているんだろう。
ただ、わたしと一緒にいたくもなかったんだろう。
元々、彼らが来る必要はなかったのだ。
メルヴァイナが勝手に誘っただけだ。
わたし自身の立場もあやふやだ。
彼らをこれ以上、わたしのわがままに付き合わせてはいけない気がする。
それでなくても、魔王の眷属になんてさせられて、年も取らない。人間として暮らせない。これまでの生活はできない。
どこまでが本当かはわからないけど。
やっぱり――
「コーディに、はっきり言います」
ちゃんと全部片付けた方がいい。
コーディも本音を言ってくれるかもしれない。
当たって砕けろ、だ。
砕けちゃだめだけど、砕けるのがわかってる。
ここは逃げちゃいけない。
イネスやミアにもそのせいで迷惑を掛けている。
いつまでもはっきりしないままではだめだ。
後にしよう、後にしようと言っていたら、いつになるかわからない。
これから、すぐに王都に突撃しよう!
あれ? コーディって、王都にいるんだっけ?
王都に戻るとは、はっきり言っていなかった気がする。
「あ、あの、今、コーディは王都にいますか?」
「ええ。そのはずよ」
「うん。ボク達も王都に戻るつもりだったから」
コーディは王都にいるらしい。
少し、いないことを期待してしまった……
「カクゴができました。王都に行きます」
わたしはメルヴァイナにはっきりと告げた。
「わかりました。メイさま」
メルヴァイナが答えると、いつ呼んだのか、メルヴァイナの隣にティムが並んだ。
王都へは転移魔法で一瞬にして移動した。




