176話 再び、森の中
「ティム、お願いするわ」
メルヴァイナがティムに言うと、ティムはすぐに魔法を発動させた。
闇魔法により、ドラゴンだと思うものが形作られる。
ドラゴンは伏せをしたような状態で、その背にはドーム型の建物がくっついている。
全て黒色で、快晴の空の下では違和感が大きい。
これからどうするのか? それは見たままだろう。
そして、あれで飛ぶのだろう。
飛行機といえなくもないけど、かなり不安だ。
全員、再生能力があると言っても、さすがに空から振り落とされたり、墜落したりすると、死にそうだ。
「大丈夫ですよ。飛行は私も補助しますから。早速、乗ってください」
不安げな雰囲気が出ていたのだろう。メルヴァイナは明るくそう言う。
拒否しても仕方ないので、促されるまま、それに乗る。側面の階段状になった部分から簡単に乗ることができた。
ドーム型の建物内には、壁に沿ってソファのようなものがある。10人ほど座ることができそうだ。
割と大きめの窓があるのが、不安だ。ガラスなどはないように見える。
メルヴァイナに促され座る。
安全の保障が全くない乗り物に乗る。命の危機がありそうで、寒気がする。
イネスの表情は変わらないように見えるが、ミアの表情はかなり強張っている。
5人全員が着席すると、ドラゴンが浮き上がる。
窓の外の景色が変わる。地上が遠くなっていく。巨大な穴の全景が見える。
ある程度、浮き上がると、横に移動を始める。
生身で飛ぶのと、この乗り物に乗って飛ぶのと、どちらがいいかわからない。
そう思っていたけど、実際には景色が移動しているだけで、風も感じない。窓に映像が映し出されているような感覚だ。
「こちらからは出ないでくださいね。吹き飛ばされますから」
メルヴァイナからそう言われなくても出る気はない。
それより、わたしが気になったのは――
「こんなに低く飛んでいて王国の人に見つかったりしないんですか?」
ある程度の高さを飛んでいるが、高層ビルの屋上から見た高さとそれほど変わらないように思う。
「メイは平気……?」
ミアは固まってしまったように微動だにしない。動くと落ちてしまうというように。
「うん。落ちないようだから。安心して、わたしもついてるから」
わたしは席を立ち、ミアのすぐ横に移動した。
「見つからないようにしておりますし、そもそも普通の王国の民はこの周辺に入ることもできないようにしております。メイさまは空を飛んだことがあるのですか?」
それを見届けて、メルヴァイナが回答をくれる。
「乗り物に乗ってですけど、2回だけあります。わたしの国には空を飛ぶ乗り物がありました」
「空を飛ぶ乗り物! どんな形なんだ!?」
食いついて来たのはティムだった。
こういうの、と指で簡単に飛行機の形をなぞる。
「よくわからねぇ」
「だから、こういうの」
ティムとそんなやり取りをしていると、
「そろそろ、到着ですよ」
メルヴァイナが声を掛けてくる。
ドラゴンは地上に降りて行っていた。
メルヴァイナが言うほど長時間飛んでいたわけじゃない。多分、30分ほど。
釘を刺しておいたからか、スピードもそれほど出していなかったように思う。
あんなに安定しているなら、もっとスピードを出しても大丈夫だったかもしれない。
降り立ったそこは見覚えのある一本道。森を突っ切って延びる道だった。
この道を作るのは大変だったんじゃないかと思う。
しかも、迂回路扱いされている道だ。かつては本道だったのかもしれない。
見えている森はわたしがこの世界に来て彷徨った森だ。
この道でわたしは攫われた。
嫌な思い出しかない場所だ。
今は一人じゃないし、命が脅かされる危険もない。
だから、冷静に見ていられる。
「メイ」
ミアがわたしの横で心配そうにわたしを見ている。
ふと気付くと、ミアの手を握っていた。
「メイさまがこの国に転移させられてきたのが、この森の中なのですね」
メルヴァイナがいつもより優しい声で言う。
「そうです」
「転移してきた場所はわかりますか?」
「……必死だったので……自信がありません」
森の中で方向感覚も当てにならなかったと思う。まっすぐ歩いていたつもりでも本当にそうかわからない。
「目印もないような場所ですし、仕方ありませんよ。では、上からゆっくり見てみますか」
わたしは頷く。
もう一度、ドラゴンに乗り込むと、ドラゴンは森の木の上すれすれを飛行する。
森を眺めてもわたしがどこをどう通って道に出たかわからない。
どれくらいの距離を歩いたのかも。
ただ、短い距離ではなかった。かなり歩いたと自分では思う。
転移してきた場所がどこかなんて、これではわかるわけがない。
その場所には何の目印もない。ドアが立っているとかそんなものはない。
わたし自身その場所を明確に覚えているわけじゃない。
どこも同じような感じだった。
「付き合わせてしまってすみません。来ても意味はないと思います。何かがわかるわけでもないと思います。でも……なんて言えばいいか……来ておきたかったんです」
実際にはここに来て全く意味がないとは思っていない。
もしかしたら、元の世界と繋がる方法の欠片でもあるんじゃないかと淡い期待もあった。
もちろん、転移してきた場所から元の世界に帰れるということはないだろう。
そうなら、多分、ここに来させてもらえなかった。
わたしのわがままに付き合ってくれた4人には悪いと思う。彼らにとって意味のないことに付き合わせて。
「そんなことを気にされる必要はありません。偶にはこういうこともいいではありませんか」
「ええ。全く気にしないわ。空も飛べたものね」
今まで黙っていたイネスもそう言ってくれる。
「ボクも。もう、空を飛んでも平気だよ」
ミアは慣れたのか、最初のように体を固まらせていない。
「ありがとうございます」
「メイさま、降りてみますか?」
「降りられるなら、降りたいです」
「わかりました」
メルヴァイナは立ち上がるとわたしの手を掴み、ドラゴンの背の建物の出入口の手前に連れて来られる。
ん?
メルヴァイナはその先に進む。建物を出て、ドラゴンの背の階段を下り――
その先には木々がある。地面は下の方だ。
「では、行きましょう」
下の方に見える地面へと一歩を踏み出した。
落ちはしなかった。
森の上を浮遊している状態だ。
昨日の穴の底へ下りて行く時と同じように、ゆっくりと降りて行く。




