170話 ”神の御使い様”の正体
「メイ、”神の御使い様”を捜すつもりなの?」
イネスはメイを見据えて言う。
「できれば……前の魔王のことも聞いてみたいから」
メイがそう言うなら、僕もそれを手伝いたい。
それにこの件は、きっと、聖騎士の失踪にも関わってくる。
ただ、メイが言ったように死なない訳ではない。それはメイも同じだ。
メイに危険なことをしてほしくない。安全な場所にいてほしい。
怪我でさえ、負ってほしくない。
それでも、彼女の自由を奪うことはしたくない。
ドラゴニュートが強いことは十分、理解している。
僕達が村で戦ったものの比ではないくらいに、強い。
「と言う訳で、私達は明日、もう一度、ここに来た後、王都に行くつもりなのよ。ここはもう、捨てられた場所だから、”神の御使い様”はいないわ」
「それなら、どうしてもう一度来るつもりなの?」
「ふふ。気になるなら、明日来るといいわ。それより、いつまでもこんな穴の底にいるのは嫌だから、とりあえず、上に行きましょう。気が滅入りそうよ。上に行っても、もう真っ暗だけど」
もっと、早くに上に行けばよかったと、メルヴァイナが小さな声で付け足している。
「メル姉、ここは埋め直さないんですか?」
「いいのですよ。王国への嫌がらせにもなります」
本気かどうかわからないメルヴァイナの言葉にため息が出る。
メルヴァイナの魔法で、僕達の体が浮かび上がる。
僕達ではまだ、転移するしかこの穴の底から抜け出す手段がない。
僅かな時間で穴の縁へ着く。
光が届かない場所は暗く、全く見えない。穴の中は闇しかない。底などないように、限りなく深い気がする。
闇に吸い込まれてしまいそうな恐ろしさがある。
「なぜ村の下でそんなことを? この周りには森も多い。そこでする方が遥かにいいように思うわ」
イネスが穴を覗き込みながら、メルヴァイナに尋ねる。
「それは違うわ。元々、この施設の方が先にあって、後でその上に村ができたのよ。村をつくったと言ってもいいかもしれないわ。しかも、村人は魔王信仰よ。そう仕向けられたんでしょう」
「その人物は魔王を神と定めているなら、魔王国と敵対するつもりはないのではない?」
「どうかしら? 魔王さまを敬っていたとしても、魔王国に対してはわからないわよ。現に魔王国は本格的にこの件に介入し出したのよ。魔王国は引きずり出されたようなものよ。面倒なことに巻き込まれて怒っている訳ではないわよ。多少の不満はあるけど」
「村人は加担していたの?」
「村の人達は何も知らず、利用されていただけでしょう。私は別行動していたんだけど、その調査を手伝わされていたと言う訳なのよ」
「まあ、そうね。”神の御使い様”を信じていたようだから」
「それは前の魔王の為なんでしょうか。前の魔王が自殺したのは100年くらい前で、宰相の弟の失踪もそれぐらいみたいです」
メイが思わずといったように、メルヴァイナとイネスの会話に口を挟む。
「メイさま、それはその宰相さまの弟に聞くしかありません。宰相さまの弟を早く捕まえないといけませんね」
「アリシアさんや聖騎士のことも――このままだと納得できません。聖騎士が黒幕だとは思えません」
「ええ、宰相さまによると、気が済むまで、王国に滞在してかまわないとのことです。勿論、メイさまに協力を惜しみません。あの子達もそうでしょう」
その通りだと、心の中でメルヴァイナに同意する。
「”神の御使い様”は王都にいると思うの?」
イネスはメルヴァイナに問いかける。
「おそらく。というより、王都に呼び寄せられていると言った方がいいわね。魔王国の力を使い、王国の中枢に影響を及ぼす方が、魔王国をより引きずり出すには効果的よ」
「王国は巻き添えを受けるのね」
「そうかもしれないわね。影響を最小限に抑えるしかないわ」
僕が口を出せないまま、3人の会話は進んでいく。
メイに声を掛けられないという個人的な理由のせいだ。
イネスがほとんど聞きたいことを言ってくれるから、甘えていた。
メイに嫌われたくない。
そんな自分勝手な理由だった。




