17話 決意
屋敷に戻ると、玄関ホールの散らばったガラスも、魔獣の死骸も片付けられていた。
使用人の死体も場所を移されたのか、見えない。
窓が割れたままになっているのが、ここで起こったことを思い起こさせる。
部屋に戻る前、コーディに後で部屋に来てほしいと耳打ちされた。
わたしはイネス、ミアと共に、一度、部屋に戻る。
明日の準備もほとんど荷物のないわたしは、一瞬で終わった。
コーディに来てほしいと言われているが、その前にどうしても、アリシアさんにちゃんと言っておかなければいけない。
わたしはアリシアさんに会いに行くと言って、部屋を出た。
メイドの人に取り次ぎを頼み、わたしはアリシアの自室へ呼ばれた。
「メイさん! ご無事で何よりです」
わたしの顔を見ると同時にアリシアが笑顔を向ける。
「アリシアさんこそ。ご無事で何よりです」
「ええ。わたくしは魔獣を見ることもありませんでしたので……メイさんは、怖い思いをされましたでしょう……」
「――多少は。ですが、もう大丈夫です」
「やはり、強いのですね。わたくしも見習わなくてはなりません。明日、グレン様は出立たれるというのに、本日はこんなことになってしまって……もっと、グレン様のお側に……」
「今から、会いに行ってはどうですか? 明日にはいなくなってしまうなら、後悔がないようにしっかり話しておいた方がいいと思います」
「――そんなこと……わたくし……そんなはしたないこと……」
アリシアの顔は真っ赤になっている。
そんなに恥ずかしいことなのだろうか。
「わたしもこれから、コーディの部屋に行くつもりだから」
「そ、そんな、男性のお部屋に行くなんて……わたくしがグレン様のお部屋に……? そんな……」
アリシアは恥ずかしがっているが、どことなく行く気はあるように思う。
貴族はそういうものなのかもしれない。
コーディも最初はそんなことを言っていた気もする。今ではすっかり妹ぐらいに認定されていそうだ。最初も女として見られていたかあやしい。だからか、何も言われない。さっきも向こうから部屋に呼んできたぐらいだ。
「アリシアさん、後悔するよりはましだと思います」
「そ、その通りですね……もう、会えないかもしれないんですもの。わたくし、決死の覚悟で臨みます」
決死の覚悟で臨むほどではないと思うが、アリシアにはがんばってほしい。
「メイさんもコーディ様にお別れを言いに行くのですよね」
アリシアにはまだ、わたしが同行することは伝わっていないようだ。
「いえ、違います。お別れは言いません。わたしがアリシアさんを訪ねたのは、アリシアさんにはちゃんと話しておかないといけないと思ったので。わたしは、勇者に同行することになりました」
「メイさんが? そんな、どうして? とても、危険です……」
「わたしには治癒魔法が使えるということがわかったんです。なので、わたしがいた方が生き残る可能性が増えると思います」
「――もう、決意は固いのですね……メイさんも見送ることになるとは思いませんでした……グレン様をよろしくお願い致します」
「アリシアさん、きっと、戻ってきます。一人も欠けずに」
「……ええ……」
アリシアはそっと目を伏せた。
「アリシアさん、グレンに会いに行ってください」
「はい」
アリシアは悲し気に微笑んだ。
アリシアの部屋を後にし、わたしはそのまま、コーディの部屋に向かった。
いつものように、コーディが迎えてくれる。
「来ていただいて、感謝します」
「これくらい、何でもないです」
コーディはわたしをエスコートし、イスを引いて、座る様に促す。
コーディは向かいの席に着く。
コーディは何も話さない。思い悩んでいるようなそんな感じだった。
沈黙に耐え兼ねたわたしが、
「コーディ?」
「そ、その……かなり危ない状態の僕の怪我をメイが治してくれたのだと、グレンから聞きました。僕はいつもメイに助けられてばかりで、お恥ずかしい限りです」
「助けられているのは、わたしの方です。ここまで来られたのは、コーディのおかげです」
「いえ、そのようなことはありません。僕は、ここで死ぬわけにはいきませんでした。助けていただき、深く感謝致します」
「わたしはコーディが生きていてよかったです。街の人達にも、お礼を言われて、なんだか、照れ臭くて……グレンもあの時、かなり取り乱していて、今にも泣き叫びそうなぐらいに」
「グレンが? ……グレンにも心配を掛けてしまいました」
お礼を言いたかったなんて、コーディは律儀だ。
「そんなこと気にしなくていいですよ。それに、わたし、コーディにもらった短剣のおかげで勇気が出ました」
「そうですか。それはメイに持っていてもらえるとうれしいです。ああ、そういえば、街の方から、メイが癒しの聖女と呼ばれていると聞きました」
「あー、それは言わないでください。本当にわたしには不釣り合いなので」
「そんなことありませんよ」
そう言いながら、コーディは少し笑っている。
「あー、やっぱり、不釣り合いだと思ってるでしょう」
わたしは軽くコーディを責めた。
「本当にそんなことはありませんよ。治癒魔法が使えるのであれば、どこに行こうとも優遇されます。王都に行けば、より高待遇で迎えられるはずです。この街で名が売れたのなら、尚更だと思います。生活も保障してもらえるでしょう。王都に行かれるのでしたら、ゼールス卿に依頼されてはいかがでしょう。きっと協力していただけます」
「あ、あの、ちょっと待ってください。グレンから聞いていないんですか? わたしも同行することになったこと」
「? どなたに同行されるのでしょうか?」
「それは、もちろん、勇者に、です。だから、コーディとも一緒です。グレンにどうしても、と頼まれたのです」
「……」
コーディはなぜか黙ってしまった。
「コーディ? どうかしたんですか?」
コーディの様子を伺いながら、声を掛けた。
「――考え直せませんでしょうか」
コーディがぽつりとこぼす。
「ですが、もう約束してしまいました」
「あなたは来るべきではありません。まして、治癒術師となれば、尚更です。あなたの力があれば、多くの人々が救えます。僕達の命よりも、あなたは貴重な存在なのです。だから、どうか、同行するなどと言わないでいただきたい。グレンには僕から話をつけます」
コーディにしては、強い口調だ。わたしを危険な旅に巻き込まないように言ってくれているのだろう。
それはよくわかる。でも、わたしには目的がある。わたしの本当の世界に帰るという。
「……すみません。なんと言われようと、わたしの意志は変わりません」
「あなたはわかっていないのです。僕達の旅にどのような意味があるか。勇者がどのような存在か。あなたは来てはいけないのです」
「わたしはそれでも――」
「では、はっきり言いましょう。僕にあなたを護る力はありません。グレンにも、イネスにも、ミアにも、です。あなたを死なせるわけにはいかないのです」
わたしには攻撃手段がない。付け焼刃の剣術では歯が立たないだろう。あくまで、緊急時の護身用でしかない。
魔獣相手に、わたし一人では倒しようがなかった。
治癒魔法しか使えない。いや、治癒魔法ですら、もう一度、使えるかわからない。それほど、もどかしいことはない。
コーディの言うように、旅に同行するなら、攻撃に関しては彼らに頼るしかない。
だから、わたしは最初、同行することを諦めた。役に立たないから。
治癒魔法が使えても、その部分は何も変わっていない。
ただ一つ、わたしにも役に立つ可能性があることができただけ。
わたしが殺されれば、それも終わり。
わたしが敵なら、一番に治癒術師を倒す。その場合、護ってもらうしかない。
この世界は、わたしに治癒魔法で何をしろというのだろう。
「確かにわたしに攻撃はできません。ですが、意識を失わなければ、怪我は自分で治せます。それに、仲間の怪我も。怪我で仲間を失う可能性を下げられると思います。仲間に治癒術師がいるということは、心強くありませんか。魔王に勝てる可能性が上がると思います」
わたしは必死に自分を売り込んだ。
行かないと決めていた旅なのに。危険だとコーディにもアリシアにも言われた旅なのに。
自分でも呆れてしまう。
行かない方がいいんじゃないかという考えも消えたわけではない。
「――心強いというのは、その通りでしょう。魔獣相手などの場合は。僕達の相手は魔王なのです」
「それはわかっています。それでは、その前まで同行するというのはどうでしょう? 約束を破りたくはありません」
「約束、ですか……この国との境界の手前まで、同行するということでいかがでしょうか。僕が妥協できるのは、ここまでです」
「わかりました。そこまで、同行します」
わたしはコーディの気が変わらない内に、立ち上がり、
「それでは、また明日。絶対にそこまで同行しますから」
そうはっきり宣言し、コーディの部屋を出た。
出た後、結局、この国との境界がどの辺りのことで、ここからどれくらいの道程なのか、聞いていないことに気が付いた。
まさか、1日で到着するとかじゃない……と思う。きっと。
その日、わたしは置いて行かれないように、すぐにベッドに入った。




