表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王の裁定  作者: 有野 仁
第4章 ⑤
169/316

169話 穴の底

メルヴァイナとメイが穴の底に降り立つ。

火の魔法ではない光が周囲を照らし出す。

「それにしてもすごい穴ですね、メイさま」

「急にこんな巨大な穴ができて、大丈夫なんですか? いくらなんでも……」

メイは困惑の表情を浮かべている。

僕達は魔王国のことを知っているので、そこまで驚きはしないが、通常、あり得ないことだ。明らかに異常だ。

王国の人間が見た時、どう思うか。

「メイ!」

ミアが立ち上がろうとして、よろめく。何とか踏み止まり、倒れはしなかった。

「どうしたの!?」

「大丈夫。この穴に落ちただけだから。もう治ったよ」

メイは複雑そうな顔を向けていた。

メイにはどういうことかわかっているだろう。

普通の人間であれば、この深い穴に落ちれば死んでいてもおかしくはない。

「本当にもう大丈夫なの!?」

「うん。もう平気だよ!」

ミアはその場で跳ねてみせる。

「わざわざ来なくてよかったんじゃないのか」

グレンがそっぽを向いたまま言う。

「気になることがあって、メル姉に一緒に連れていってほしいと頼んだんです」

自分に問われたのだと認識して、メイが答える。

「ここで作られていたという魔獣のことか」

「それもない訳ではないんですけど……というより、その話はさっき聞いたところです」

歯切れに悪いような返答だ。僕達には言いにくい理由なのかもしれない。

「あなた達は明日、王都に戻るの?」

メイとの話を打ち切るように、メルヴァイナが問いかける。

「さあな。ルカ・メレディスが決めることだ」

「明日も時間があるなら、ここに来られない? 私達は明日も来るつもりだから」

「時間があればな」

グレンは前向きに返事をする。いつもなら拒否するように思う。

”私達”ということは、明日もメイは来るのだろうか。

「ふふ。うれしいわ」

メルヴァイナがグレンに笑みを向ける。

メイは、ミアの傍でメルヴァイナに視線を向けている。

僕とは目を合わせてはくれない。

ただ、村人は無事だ。メイの希望通りに。

メイを喜ばせたい。喜んでほしい。

メイが幸せでいられるようにしたい。

今の僕では足りないことだらけだ。

これではメイの傍にいられる訳がない。

僕は黙り込んでいるだけだった。

「あの――」

メイが声を上げる。どこか言いにくそうに。メイの視線はメルヴァイナではなく、間違いなく僕達の方に向いていた。どちらかと言えば、僕ではなくイネスの方を向いていた。

僕は身構える。

頼み事があるなら、遠慮せずに言ってほしい。

ただ……

「魔王様は私達の主なのですから、何も気にする必要はありません。好きな方を落とすのを手伝うようにおっしゃられても、喜んで協力しますよ」

僕への当てつけのようにメルヴァイナが言う。

「それは……要りません」

メイの表情は変わらないが、要らないというメイの声は少し小さくなった気がする。

メイには好きな男がいるということだろうか。

最近のメルヴァイナの言葉もメイの態度もそういうことなのかもしれない。

早く諦めるように促しているのかもしれない。

僕は全く気付いていなかった。気付きたくなかった気もする。

メイは気を取り直すように半歩程前に出る。

「ここにはドラゴニュートが関わっていると思います。おそらく、宰相の弟です。自殺してしまったわたしの前の魔王とは親しかったみたいです」

「ドラゴニュートというのは何?」

イネスが質問を投げかける。僕も疑問に思ったことだ。

「えーと、種族の名前です。宰相やドリーやライナスがそうです。ヴァンパイアとダークフェアリーに並ぶ最上位種族だそうです。ドラゴンのことです。ドラゴンの人型の姿をドラゴニュートと言います」

メイが説明してくれる。

「ドラゴンなの? ドラゴンは闇魔法で作られたものではなく、やはり実在していたの!? ライナスは神話に出てくるあのドラゴンのようになれるのね!」 

イネスが珍しく感情を露わにし、興奮気味に言う。

ただ、メイは、そんなイネスに困惑するでもなく、複雑そうな表情を浮かべている。

「それは、その……」

言いにくそうなメイに代わり、

「ライナスはドラゴニュートなのに、情けないことだけど、ドラゴンになれないのよ。嫌なこと言われたら、それで思いっきり自尊心を踏みにじってあげるといいわ」

メルヴァイナがはっきりと事情を語った。

「それは残念ね。是非とも見てみたかったのだけれど」

「村に現れた”神の御使い様”はドラゴニュートの特徴通りで、正しく、”神の御使い様”なんです。”神の御使い様”は宰相の弟のはずです」

「そういうことね。それで、メイが言いたいことは?」

「わたしと前の魔王は出身が同じです。その宰相の弟が何か知っているかと思ったんです。わたし達、魔王のことを――」

メイは、一呼吸置いた後、話し出す。

「わたしがこの国で目を覚ましたのは、この先の森の中です。どうしてこんなところにいるのか、わかりませんでした。それに、ずっと気のせいだと思っていたんです。森の中で声が聞こえたこと。何を言っているのか、よくわからなかったんですけど、わたしを”王”と呼んでいた気がします」

「その声が宰相の弟かもしれないということ?」

イネスの言葉にメイが頷く。

「わかりませんが、王と呼ぶなら、魔王国の関係者かと思います」

「確かに、そうね。その”神の御使い様”と会えれば、何かわかるかもしれないわ」

メイがもう一度、頷く。

「わたしにとって、ここから始まったようなものなんです。だから、何か手掛かりのようなものがあるんじゃないかと思うんです。ここに連れてきてもらったのは、そのためです」

寂しそうなメイの姿。メイのいた国は王国でも、魔王国でもない。遠い国から来たのだと聞いた。

その国には、メイの家族がいた。突然、引き離されたのだろう。

帰りたかったに違いない。

メイは、帰りたいと直接は言わない。

「それと……知っていると思いますけど、ドラゴニュートは強いです。再生能力があっても、死なない訳じゃないんです。だから……」

メイは、僕達の心配をしてくれているのだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ