168話 シンリー村の秘密
村人はすんなりと彼らの家に戻っていく。
「今日はウィンビルに戻って休むといい。ああ、その前に、この村があった場所を見てきたまえ」
というルカの言葉に従い、シンリー村があった場所に転移した。
その瞬間、足を踏み外したように落下した。
そこには何もなくなっている。
地面毎、くり抜かれたように何もない。
僅か1日で王国にあったシンリー村は消失した。
理由はわかっていても、不思議に感じる。
広大な穴が、村がそこにあった名残りだ。
転移後、その穴に落ちることになった。
転移魔法の危険性を実感する。
骨が粉砕したのではないかと思うほど、痛む。
思わず、漏れそうになる呻き声は押し殺す。
ミアは小さな呻き声を上げる。獣人の彼女でもかなりの痛みを感じているはずだ。
起き上がることもできない。
気を失った方が遥かに楽だった。
しばらくすると、痛みが引いてくる。
このような時は再生能力があってよかったとつくづく思う。
「嫌がらせなの?」
すぐ近くからイネスの声がする。
僕と同様、イネスもグレンも声は上げないが、かなり痛かったはずだ。
微かに動く音で、誰も気を失ってはいないことはわかる。
穴の中は完全に陰になっていて暗い。
穴の外でもそろそろ日も落ち、暗闇となっていくだろう。
「同じ場所に転移するから当然か。気付くべきだった。ただ、村を転移するときは地面も転移させている。僕達が使っている転移魔法とは違うんだろうか?」
「今、冷静にそんなこと、言わないでよ」
「別の場所に転移すれば、少なくとも、ここからは脱出できる」
「それはそうだけど」
イネスがため息を吐く。
「もしかして、ルカ様に怒られますか?」
ミアが不安げなか細い声で言う。
「悪いのは、こんなことにも気付けなかった僕達だから」
ルカに会うのは、確かに気が重い。
試されていたのだとすると、僕達は間違いなく失格だ。
ただ、ルカはここを見てくるように言っていた。
それだけはしておかなければ、転移する気になれない。
僕は上体を起こし、火の魔法で周囲を照らした。
まずは、グレンとイネスとミアがいることを確認する。
グレンは不機嫌そうな顔で黙り込んでいる。
それ以外には、目立つ白い物が目に入った。
それは、骨だった。
明らかに人間の骨ではなく、安堵する。
人間の骨より大きい。家畜の骨よりも大きい。
この辺りにはこれほど大きな動物は自然には生息していない。
考えられるのは、魔獣だ。
穴の底、転移魔法で消され、土は平らになっているが、この骨はなぜか消されずに露出している。
それはここから見る限りでも、1体ではなく、複数体。
「ルカ・メレディスが見てくるように言っていたのはこれのことか」
「そのようね」
近くで見ようと、立ち上がろうとするが、まだうまくいかない。
「そんなところで何をしているのかしらぁ?」
ふいに、メルヴァイナの声が降ってきた。
骨に気を取られ、上を見てはいなかった。
見上げると、柔らかな光に包まれたメルヴァイナとメイが浮いていた。
メルヴァイナに同じ言葉を問い返したいところだ。
しかも、どうしてメイまで連れてきているのか。
僕達の返事を待たず、メルヴァイナとメイは穴の底に降り立った。
「村の下に眠っていたのはドラゴンじゃなくて、魔獣……」
メイがそんなことを呟いていた。
おそらく、メルヴァイナとメイもこの場所を、特にこの骨を確認に来たのだろう。
「目的は同じということかしら? ここではかつて、魔獣が作られていたのよ」
メルヴァイナが言う。
ただ、失態を恥じ、メイに会いづらかった。




