167話 シンリー村の転移
翌朝、朝食の席に、メイとメルヴァイナはいなかった。
イネスとミアからはまたもや何とも言えない視線を向けられる。
メイに何か聞いたのかもしれない。
グレンはいつもと変わらないので、ほっとする。
どうすればいいかなんて、わからない。
食事の後、タイミングよく現れたルカとリビーと共にリビーの魔法で転移した。
そこはシンリー村ではなかった。
近くに建物も木も何もない見晴らしはいいが、殺風景な場所だ。
おそらく、魔王国のどこかなのだろう。
それに、知らない者がおそらく50人はいる。
勿論、シンリー村の村人ではない。
一見、普通の人間に見えるが、おそらく、人間ではないだろう。
僕達の、というより、ルカの姿を見つけ、彼らが集ってくる。
「メレディス様、準備はできております」
彼らの一人がルカに言う。
ルカは鷹揚に頷き、僕達を見た。
「まずは村人を転移させる。それは君達に行ってもらう。村人と面識のある君達の方がいいだろう? 村人には近くの町の講堂にいてもらう。その後、彼らがこの場に村を転移させる。わかったかい?」
「俺達は、村の転移はしなくていいのか?」
グレンがぶっきらぼうに聞く。
「緻密な作業だからね。経験のある彼らが行う方がいい。君達は安全な所で方法を見ているといいよ。勉強になるから」
「村は部分毎に分けて転移させるとのことですが、あれだけの人数がいるのですか?」
「残念ながら、あの広さを転移させるには、必要だ。魔力にも限りがある。1人で一度に転移させられるのは、魔王様ぐらいだよ。それじゃあ、ここにポイントを作って、町に転移する」
僕達は転移のポイントを作成すると、ルカの転移魔法で転移した。
着いた先は比較的広い部屋の中だった。
リビーは転移していないので、ここにいるのは、ルカを含め、僕達5人だ。
「ここに順番に村人を転移させてもらう。僕はここにいる。リビーが合図を送るからそれに従ってほしい。1人で、大体、25人から35人ぐらいを転移させるといい。村人はできるだけ君達の周りに集めてから転移してくれたまえ。何かあっては取り返しがつかないからね。血塗れの惨状にはしたくないだろう? 十分に気を付けてくれたまえ」
転移魔法はある意味で、危険な魔法でもある。
失敗は許されない。
村人の命が掛かっているといっても過言ではない。
今は、これに集中しなくてはならない。
「わかりました」
「ここにポイントを作り、村へ行ってくれたまえ。頼んだよ」
僕達4人は転移のポイントをこの部屋にも作り、シンリー村へと戻った。
村の教会前には既に村人が集まっていた。
しかも既に4つにグループ分けまでされている。
「来ましたね! 村人全員確認しましたよ! 体調の悪い村人もいません! 王国にもバレていません! 準備万端です!」
リビーが自信満々、大声で告げる。
「最初は俺が行く」
グレンが名乗り出て、村人の元へと歩いていく。
グレンは躊躇なく、村人と共に転移していった。
ミアは緊張しているように思える。
ルカに脅されたからだろう。
「ミア、これまで通りにすれば、何も問題ない。今、この村に戻った時と同じように。ルカも僕達にできると思って任せてくれたんだ」
「は、はい! ボクもできます!」
ミアはしっかり村人を連れて転移した。
イネスも転移し、最後は僕だ。
最後のグループには、村長とその家族に、デリアやその甥もいる。
これで、村人は誰もいなくなる。
村人ももう覚悟を決めていたのか、特に騒ぎも起きず、円滑に進んだ。
「これから行くのは、魔王様の国なんですね。きっと素晴らしい国でしょう。本当に行っていいのかという思いはあります」
デリアの甥が独り言のように言う。
デリアは僕をちらりと見たが、それ以上に目を合わせてくれない。
僕にしても、彼らにしてもこんなことになるとは夢にも思っていなかった。
僕も村人を連れて、魔王国へと転移した。
全村人が無事に到着したとルカから聞いた。
念のため、ここが本当に魔王国なのか、ルカに尋ね、魔王国だという回答を得た。
現状、ここが魔王国なのかは、ルカの証言しかない。
僕達はルカに連れられ、再び、村人のいなくなった王国のシンリー村へと戻った。
村には既に、先ほど会った50人程の者達がいた。
村に印をつけていっているらしい。
1度に転移させられないので、区切って、その配置の通りに転移させるのだろう。
それぞれの区切られた区画が転移先で重なってはいけない。だから、緻密な作業と言っていたのだろう。
魔王国では家や土地毎、移動するということがあるのだと思う。
彼らはその専門の者達ということだろう。
これに関しては、ルカやリビーも全く手を出していない。
転移させていく段階になり、転移魔法により、村の一部分が地面毎、消え失せた。村の半分がなくなったのを見届け、僕達は魔王国の村の転移先の場所に転移した。
眺めていると、少しずつ村が現れる。
区画毎に順番に出現していく。
かなり労力の必要な作業だろう。
休憩を挟みながら、村全てが魔王国に現れる頃には、既に夕刻となっていた。
何もなかった土地に王国にあった頃と寸分違わぬ村の姿が見えた。
墓地や畑まである。
「後は村人だけだ。それは君達に頼むよ」
そう言うルカと共に再び、講堂へと向かう。
村人と会い、最初と同じように、転移魔法で移動先の村へと村人を転移させた。
遠くに見える景色は多少違うが、村はそのままだ。移動しているとは思えない程だ。
村人達も本当に移動したのか、本当に魔王様の国なのかと口々に言い合っている。
僕にもはっきり言って、未だに確証がない。
ここがどこかわからない。魔王国の地図も見たことがない。
傾いた日の光が作る長く暗い陰。
村の家々は変わっていない。村の人々も同じだ。
ただ、どこか不安になってくる。
本当にそうなのか?
全てを信じてはいけない。
よく観察して見極めなければならない。
魔王国は本当に安全なのか?
魔王国の民にはなったが、魔王国を知らなすぎる。
メイは魔王国にいて、本当に安全なのか?
魔王国の全てが虚構なのではないかとすら思えてくる。




