164話 誇りある信徒
部屋の中に入ると、
「ボク達が今まで、自由に過ごすことに意味があったのですか? ボク、考えてもわからなくて――」
そう言って、ミアがルカを不安げに見つめる。
僕も同様に思っていた。多分、イネスやグレンも。
「誤解を与えて悪かった。言葉通り、自由に過ごしてもらってよかったんだよ。村長が任せるように言ってきたのだから、任せる方がいい。と言うことで、私達のすることはなくなった訳だよ」
「ほ、本当にそれでよかったんですか?」
「それで拒否するなら、仕方のないことだよ。そろそろ、行こうか」
魔王国にとって、拒否してくれる方がいいのだろうか?
魔王国に利はないと言っていた。
魔王の要望だから、仕方なくということかもしれない。だから、条件を付けて来たのだろう。
全ての村人が同意しないなら、後に不満や諍いとなるかもしれない。
僕達はルカの転移魔法でシンリー村へと戻った。
村からはもう、日は見えないが、東の空にはまだ、日の名残りがある。
陰が曖昧になり、刻々と、暗闇に近づいていく。
「ボスっ! 何もありませんでしたっ!」
突然、場違いな程の明るい声が響いた。
「わかった」
リビーの声に対して、落ち着いた一声でルカは答える。
リビーは僕達の後ろからついてくる。
村長の家を訪ねると、すぐに村長に迎えられた。
「結論は出ましたか?」
ルカが村長に優しく尋ねる。
村長は頷き、
「私達を魔王国に受け入れていただきたくお願い致します。これは、村の総意です。宜しくお願い致します」
そう言うと、頭を下げる。
「承知しました。では、明日1日で全て終わらせます。私達の指示には従っていただきます」
「はい、従います」
「まずは、明日の朝、教会の前に全ての村人を集めてください。最低限の荷物でかまいません。明日の夜までには村ごと魔王国へ移動させます」
「はい、必ず、そのようにします」
村長はルカに従順に応える。
「頼みます。では、また、明日の朝にお会いしましょう」
ルカは僕達を促し、村長の家を早々に出た。
はっきり言って、拍子抜けだった。もっと村人は難色を示すかと思っていた。実際、そういう村人はいたのかもしれない。他の村人には会っていないので、その背景はわからない。
ただ、メイの望みは叶いそうだ。
「今日はここで解散でいいかい? 好きな所で休むといい。明日の朝にシンリー村の教会の前に来てくれたらいい」
ルカは僕達にそう言うだけ言って、立ち去ろうとする。
「あの、兄のウィリアムとアーロはどこに?」
背中を向けるルカに尋ねた。
「彼らなら、私がセイフォードまで送ったよ。明後日には、王都へ送り届ける予定だ」
それだけ、答えると、ルカは転移魔法でどこかに転移した。
「ああ! ボス! 待ってくださいっ! それでは、おやすみなさい!」
リビーも慌てて、転移魔法を使った。
先程より、大分暗くなっており、いくつかの家からは微かに明かりが漏れている。
村に留まっても、意味はないだろう。
「あら、こんな暗いところで何をしているの?」
唐突に、メルヴァイナの声が近くから聞こえた。
近づいていたことには全く気付かなかった。
「今、ルカと別れたところです」
「ええ、そうね。それは知っていたわ。暇なら、私に付き合って」
メルヴァイナは、付き合わないという選択肢はないように言う。
彼女が踵を返し、歩き出すので、僕達は追いかけるしかない。
暗く、周囲は見えづらいが、彼女が向かう先の予想はできた。
その予想は合っていた。
着いた先はデリアの家だった。
メルヴァイナはノックもせずに、家の中へと入る。
「メル姉、急に出て行ってどうしたんですか?」
家の中から、メイの声が聞こえた。
「この子達を連れて来たのです」
メルヴァイナによって、開け放たれたドアは僕達に入るように強制しているようだ。
入りづらい……
家の中にはメイがいる。
僕は完全に嫌われてしまったのだろう。
「メイ! やっと、ちゃんと会えた! ボク達はお仕事中で秘密にしないといけなくて」
「ミア! わかってる。わたしも仕事の邪魔はしたくないから」
メイとミアは嬉しそうに言葉を交わす。
「メイまでこの村に来るとは思わなかったわ」
「イネス、わたしもこんなところで会うとは思いませんでした」
ミアもイネスも、メイとは何のわだかまりもなく、話している。
相手が魔王であっても、何も変わっていない。
僕もこれまでと同様に、メイに話しかければいい。応じてもらえるかはわからないけれど。
「早く入れ。いつまで俺を外にいさせる気だ」
グレンに押され、デリアの家の中に入る。ドアは勢いよく閉まる。
「お久しぶりですね。フォレストレイ様」
デリアが僕に声を掛けてくる。
彼女には以前からよく思われていない。僕に対する口調が若干、冷たい。
「お久しぶりです」
「フォレストレイ様、どこまで勇者の旅にメイを同行させたのかわかりませんが、メイは魔王国と既に関わっているようです。どういうことでしょう?」
デリアは完全に僕を責めている。
「責めている訳ではありません。魔王様の御許に赴くことはむしろ、幸福です。ただ、魔王様は生贄の勇者なんて、求めてはいません。村長が言いましたように、魔王様への侮辱です。勿論、悪いのは、この国でしょう」
「それは理解しました。おっしゃる通り、魔王国は生贄を求めてなどいませんでした」
僕が勇者の共だと知っていたから、魔王信仰の信条を守る彼女からすれば、魔王を侮辱する行為だということで、冷たかったのだろう。
ただ、それだけではないような、気もする。
「そう言えば、明日からは同じ魔王国の民ね。すぐに慣れないかもしれないけど、支援はあるわ。これまでの何処からかの寄付のように」
メルヴァイナが口を挟んでくる。しかも、胡乱な言い方だ。
寄付というのが、豊かに暮らせている理由だろう。
「それにはあまり頼りたくないですね。誇りある魔王様の信徒として、お手を煩わせるようなことはしたくありません」
「そう。それはいいことね」
メルヴァイナとデリアが話している時に、ふと、メイと目が合った。すぐに目を逸らされたが。
今のこのデリアの家の中は、余所余所しく、ギスギスしている。
どうして、わざわざ、僕達を呼んだのかわからない。
単に、メルヴァイナが居づらいだけではないのか?
という疑いが消えなかった。




