163話 村の説得 二
「魔王国……そのような国が? それは、魔王様や神の御使い様の住まうお国なのですか!?」
村長は、目を見開いて、ミアに詰め寄る。
「神の御使い様は、えっと、ライナス様のことですか?」
「青い髪に黄金の瞳をお持ちのお方です」
「それなら、そうです。だから、魔王国で暮らしませんか」
「そ、それは、神の国なのでは!? そのような国に住むなど、おこがましい限りです」
うまくいくかと思われたが、このままだと、拒否されてしまいそうだ。
魔王国のことは信じてもらえているのではないかと思う。それはライナスのおかげだろう。
その為にルカはライナスを連れて来たのかもしれない。
そもそも、ミアに頼っていてどうするのか。
「この村の方々を魔王国へ迎えることは、魔王様の意思です。僕達も魔王国へ迎えられました。僕達と共に、魔王国へ行きませんか?」
僕は村長に優しい口調を心がけて言った。
「これまでの勇者様も魔王国に迎えられていたのですか」
「はい。実際に、先代勇者にお会いしました」
「本当に、私達が行ってもいいのでしょうか?」
逆に委縮してしまったような村長は気弱な口調だ。
「そんなに悩む必要はないだろう。ここに残れば死ぬだけだ。生きる道があるなら、行けばいい。死にたいなら、止めないがな」
グレンが村長に言い放つ。
「共に魔王様に仕えましょう。魔王様は優しい方よ」
イネスはここでも相変わらずの単調な口調だけれど、言いたいことはよくわかる。
「僕達がここへ来たのは、魔王様からの指示です。貴方方が生きることを魔王様はお望みです」
「お願いします。ボク達と魔王国に来てください!」
ミアは必死に訴える。
村長はミアに迫られ、一歩、二歩、退くほどだ。
「わかりました。魔王国へ参ります。村の者達には私から話します。時間を頂けませんでしょうか?」
村長から漸く、色のいい返事が聞けた。ミアの貢献は大きい。
ここの村長は村人から頼られている。
村長を説得できれば、ほぼ、反対意見は出ないのではないかと思える。
「最終的な決断は明日の日が落ちる頃にお聞きしましょう。それ以上は待てません。もう一つ、重要な条件があります。それは、全村人の承認です。一人でも魔王国に行かないと言う者がいるなら、この話はなかったことにさせていただきます」
ルカの落ち着いた声が嫌にはっきりと聞こえた。
村長と別れた後、僕達はルカに連れられ、ウィンビルへ転移した。僕達の今回の仕事の拠点としている町だが、ウィンビルを離れてからは一度も戻っていない。
「村人が否認と言うなら、私達は王都に戻る。村人全員の承認があった場合は、村を魔王国へ転移させる。その時には、転移魔法が使える君達にも、しっかり手伝ってもらうよ。さすがに、村全体を1度に転移させることはできないからね」
転移先のウィンビルの宿のルカの部屋に着いて、早々、ルカが話し始めた。
「方法は、まず、村人だけを安全な場所に転移させる。その後、村を部分毎に転移させていく。最後に、転移させた村に村人を転移させる」
「村をそのまま、転移させるのですか!?」
「住み慣れた家の方がいいだろう? 気に入らないのであれば、別の家を用意させる」
「確かにその通りです」
「では、説得に関しては、村長に任せてしまおう。明日、日が落ちる前にこの部屋に集まりたまえ。それまで、自由に過ごすといい」
僕達は追い払われるように、部屋を出た。
「俺は部屋で休む」
グレンはそう言うと、すぐに部屋へと入って行った。
止める理由も、しなければならないことも特にはない。ただ、外はまだ明るい。
「あの、これからどうしますか?」
ミアが僕とイネスに向かって尋ねてくる。
「好きに過ごしていい」
「それなら、魔法の訓練をします。ボクももっと役に立てるようになりたいです」
「それはいい。僕も訓練をするつもりだ。一緒にどうだろう?」
「はい! お願いします!」
「勿論、一緒に行くわ」
イネスも加わり、3人で以前に魔法の訓練をしていた場所に転移した。
町の外の木に囲まれた人気のない場所だ。
それなのに、近くから音がする。明らかに、誰かがいる。
音は何かが木にぶつかるような音だ。
ルカがこんな音を立てる訳がない。
リビーは村の護衛をしているはずだ。
思い当たるのは、グレンしかいない。
イネス、ミアと顔を合わせると、2人も同じことを考えている気がする。
音のする方へ向かうと、案の定、グレンの姿が見えた。
見なかったことにして、立ち去ろうかと考えた時、
「グレンさ、ま」
ミアが声を掛けるか掛けないかではなく、グレンをどう呼ぼうかと戸惑った様子で声を掛けた。
それでグレンが僕達に気付かないはずがない。
どうしようかと思っていると、
「グレン、こんなところにいたのね。せっかくだから、相手をしてよ」
イネスがそう言うと、闇魔法で作った槍のようなものをグレン目掛けて放り投げた。
「いきなり、何をする! 当たればどうするつもりだ」
ぎりぎりで避けたグレンがイネスに怒鳴る。
「どうもしないわよ。死なないでしょう? それにあれくらい避けられるわ」
グレンはイネスを睨んでいたが、特に何も言い返さなかった。
代わりに、闇魔法で作った剣がイネスだけでなく、僕とミアにも飛んでくるのだった。
翌日も、また、魔法の訓練をする予定だった。
ただ、ずっと気になっていることがある。
朝食前、宿の廊下に出ると、イネスがいた。
「ルカ・メレディスは自由に過ごしていいと言っていたが、本当にこれでいいのか? シンリー村のことはあの村長に任せてしまっていいのだろうか? 僕達は試されているのか?」
「はっきり言って、わからないわ。ルカ・メレディスが何を求めているのかも。あの村にもう、手がかりはなく、手を引くだけなのかもしれない」
「彼にとって、シンリー村がどちらの選択をしたとしても、関係ないのだろうか?」
「そうかもしれないわね」
「それなら、僕達は介入するべきなんだろうか。僕が望むのは、メイの望みを叶えることだ」
「メイの望みを叶えることは賛成よ。ただ、今回は失敗を恐れず、やってみるべきだとは言えないわ。失敗は、村人の死だから」
「僕は、あの村長なら、村人を説得できると思った。余所者の僕達が変に介入するより、余程。それに、ルカはわざわざ、僕達も連れてウィンビルに戻った」
「介入しない方がいいわね。するなら、決断の結果を聞いた後よ」
僕は不安に思っていた。
僕は正しいのか、間違っているのか。
不甲斐ない弱い存在だと思う。
魔王国の一員だというのも憚られるように思う。
「コーディ、このままでいいの?」
イネスとの話は終わりだと、イネスの前から立ち去ろうとすると、イネスから問いかけられた。
「何のことだ?」
「メイのことよ。あまり会えなくなるかもしれないわ。相手は魔王様よ」
「わかっている。ただ、僕達は弱い。もっと力がないと、メイの傍にはいられない」
「そうね。それを何年後まで言っている気なの?」
そんなことはわかっている。
メイは魔王だ。遥かに遠い存在だ。平民がそうそう国王に会うことはできない。
「朝食を食べに行きましょう」
イネスは僕を追い越して、階下へと向かう。
遅れて、階を下り、朝食を取った。
朝食の後は、訓練に励んだ。
僕達は約束通り、日が落ちる前にルカの部屋を訪ねた。




