161話 魔王の命令
メイは行ってしまった。
僕はメイを追っては行けなかった。
僕は要らないと言われているようで、足が動かなかった。
気にしていない――
それは、僕には興味もないということだろうか。
大して強くもなく、ルカやライナスに比べると見劣りする。
それは今も変わっていない。
闇魔法は少しは使えるようになってきたとは思うが、彼らに勝てる気がしない。
僕は兜を取る。
実際は、もう必要のない物だ。
もう、僕が誰かなんて、知られている。
今の装備に不釣り合いな兜は滑稽に思える。
このシンリー村で兄のウィリアムやアーロと、親しく話していたメイの姿が浮かぶ。
それに比べて、僕は……
「コーディ」
背後から名を呼ばれる。
兄、ウィリアムの声だ。
今は、顔を見たくない。
僕は振り向きもせず、何も答えなかった。
兄に対して、失礼な態度を取っていることは重々、承知している。
兄に落ち度はない。王都にいるはずの王国騎士がこんなところにいるのは問題があるようには思うが。
「そうか。今はいい。彼の国に勝てない理由はよくわかった。私も今は、人のことは言えない。必ず、屋敷には戻ってくれ」
兄の足音が遠ざかって行った。
兄は、僕の態度を、魔王国との関わりの為だと思ったのだろう。
こんな態度を取ってしまった真実の理由は、言えない。
「こんなところにいたのかい?」
次に、ルカの声がした。
わざわざ聞いているが、僕の居場所なんて、知っていただろう。
「君達の耳に入れておかなければならないことがあるのだよ。来てくれるかい?」
「わかりました」
僕が言うや否や、ルカは転移魔法を発動させた。
転移先には、既に、グレン、イネス、ミア、それに、リビーもいた。
ルカが僕達を見回すと、口を開く。
「王都でちょっとしたことが起きていてね。第2王子と第5王子が亡くなったよ。まだ、公にはされていないけれど」
「どういうことだ。何があった?」
グレンにしては冷静にルカに尋ねる。単に、第2王子と第5王子がどうなろうとも関心がないからだろう。
現在、王都で起こっていること。僕には能動的にしか情報を得る術がない。
「国王暗殺を謀ったそうだよ。それに、反乱を企てていたのだそうだ」
「王子をすぐに処刑か?」
「まだ処刑とはなっていなかったよ。幽閉だけだ。ただ、何者かに殺害されてしまったのだよ」
「殺したのは王太子か? 直接、手を下すことはないだろうが」
「どうだろう。そうとも言い切れないのだよ」
「何か、掴んでいるわけじゃないのか」
「何でも知っている訳ではないよ。気になるのであれば、調べてみたまえ」
「俺達が勝手に動いていいのか?」
「やってみればいいよ」
ルカが爽やかな笑みを僕達に向けてくる。
「ああ、第2王子も第5王子も、君にとっては、兄だったね」
ルカは僕に視線を向ける。その表情に死者を悼む気持ちも同情もない。
それは僕も同じなので、何とも思わない。
「血縁上の兄というだけです。面識はほぼありませんでした。僕の兄はウィリアムとジェロームだけです」
「血の繋がった兄に対して、冷徹なことだ」
僕が第6王子だということは、勿論、調べられているとは思っていた。
それが、肩書だけであったとしても。勇者に同行するにあたってはその肩書も役には立った。
僕が王位に就くことはない。もし、王位に就くことになれば、異常事態だ。第5王子までの王子が王位に就くことができなくなったということだからだ。2人欠けてしまったが。
「ただ、その前に君達にはしてもらわなければいけないことがある。実は、この村にも反逆の容疑が掛かっていてね。ほぼ確実に、村人全員の死刑が確定するだろう」
「そんな馬鹿なことがあるのですか!? この村には子供もいます。この村に対して、調査がされたという話は聞きません。それに、領主であるゼールス卿はどうなるのですか!?」
「無論、真っ当に裁かれた訳ではないだろう。ゼールス伯爵はお咎めなしだよ。あくまで、主犯は第2王子だと印象付けられている」
「……」
「そこで、私達の仕事は、村人達を魔王国へ逃がすことだ」
「魔王国だと? よく許可が出たものだな」
グレンが腕を組みながら呟くように言う。
「許可をいただいたのではなく、そのように命令を受けたのだよ」
「勿論、転移魔法を使うのよね? 一度には無理だと思うけれど。それに、危険はないの?」
イネスは相変わらずの素っ気なさだ。
「それは特に問題ない。私達の一番の仕事は、村人の説得だよ。村人が拒否するようであれば、この話はなかったことになる」
説得できなければ、見捨てるということだ。
「それは、一人でも拒否する者がいれば、村人全員を見捨てるということでしょうか?」
「その通りだよ。もしくは、その一人を殺して、拒否する者はいなかったとすることもできる」
「それは、屁理屈でしょう? どうとでも解釈できるわ」
イネスの言葉は単調だが、どこか怒っているようにも聞こえる。
「そうかもしれない。ただ、ここでの責任者は私だよ。君達がいくら訴えたところで、覆らない。それに説得すればいいだけの話だよ。魔王国としては最大限の温情だ」
恐ろしいような笑顔でルカが言う。
「うぅ、もう限界です! 私も話します! 話させてください! 黙っているなんて、できません!」
「イーノ、村人の説得は君のすべきことではないよ。君は村の護衛に専念すべきだよ。期待している」
「は、はいっ! ボス! わかりましたっ!」
「イーノ、先に村へ戻ってくれ」
「はい! 行ってまいりますっ!」
リビーはすぐに姿を消した。
「あ、あの、ボクもボスと呼んだ方がいいんでしょうか?」
ミアがおずおずとルカに問いかける。
「いや、呼ばなくて構わない。君達は正式に私の部下になった訳ではないよ。それに私をそう呼ぶのは部下の中でも彼女だけだ。さて、まずは村長に会いに行こうか。私も同行しよう」
「命令というのは、宰相からでしょうか? 昨日はそのような命令はなかったと思われますが、どうして村人達を魔王国へ逃がすことになったのでしょうか? 何か利用価値があるからでしょうか?」
僕はルカに問う。答えてくれるかはわからないが、魔王国にとって利益となる行動とは思えない。
それに、昨日、命令があったのなら、昨日の内にこの話を出しているはずだ。
今日、急遽、命令が下ったように思える。
村人を魔王国へ連れて行って、どうするつもりなのか?
「魔王国に利はないよ。これは、魔王様のご命令だ。村人は、このまま、ここにいれば、殺されるだけだからね」
「メイの……わかりました」
村人達が殺されるとわかっていて、メイは見捨てることができなかったのだろう。
メイは優しいから、そうするのは当然のように思える。
僕でもそう聞かされて、見捨てて行くことはしたくない。
全く助ける気がないなら、メイに話したりはしないだろう。
「もう一つだけお聞きしたいのですが、魔王国はどこまで支援するつもりなのですか? 魔王国に逃げたとしても、土地も家もなく、魔王国の貨幣も持ってはおりません」
「土地も家も与えられる。生活基盤ができるまで支援はする」
「わかりました。ありがとうございます」
「準備はいいかい? 戦いに行く訳じゃないけれどね。時間がないことも確かだ」
僕達はほぼ同時に頷いた。




