160話 宰相との面会
久しぶりというほどでもないけど、やっと魔王国の魔王城に戻ってきた。
わたしの住所はというと、今はここしかない。
いてもいいなら、居座らせてもらう。
「宰相さまとお会いしたいのですよね。会えるそうなので、これから行きましょう」
「わかりました」
わたしはそう答えて、ふと思った。
まだ、フォレストレイ侯爵を全然取り込めてない。
その長男のウィリアムとは少しは仲良くできたと思うけど。
まあ、利害関係の一致というだけだったかもしれない。
コーディとは喧嘩別れみたいになってしまって、気まずい。
喧嘩はしてないけど。
王都での滞在先は一応、フォレストレイ侯爵家だ。
滞在先を変えることはできると思う。でも、それだと、フォレストレイ侯爵からは遠くなる。
アリシアのことも結局、よくわかっていない。
全然、前進していない気がする。
全てが中途半端で放置のような。
これまでのわたしと何一つ変わっていない。
「メイさま、それと、ウィリアム、アーロの二人ですが、ルカに任せました。二人の要望に沿って、対処してくれるでしょう」
「わかりました」
「メイさま、どこか浮かない顔をされていますが、やはり、あの子のことでしょうか? メイさまに近づきすぎないよう、厳しく言っておきましょうか」
メルヴァイナの言う通り、もうあの4人とは顔を合わせない方がいいのかもしれない。お互いに。
でも……
「いえ、何も言わなくていいです」
「そうですか。では、どうしても、という時は遠慮なさらずにおっしゃってください」
ちょうど、以前にも来たことがある宰相の執務室の前まで辿り着いた。
ちょっと緊張する。
気合を入れる間もなく、扉が開き、中へ案内される。
中には、淡い青色の髪に金色の瞳の宰相がいる。
「魔王様、ご息災で何よりでございます。さて、私に話というのは?」
宰相がわたしを射抜くように見つめている。
家出して即帰ってきたように思われているんだろうか。
ちょっと怖い。
でも、ここまで来て、怯んではいけない。
「聞きたいことがあって……あの、村でドラゴニュートのような外見の”神の御使い様”が村に来たと聞いたんですけど、あの、ドラゴニュートは全員、どこにいるか把握はできているんでしょうか? その中に王国にいるドラゴニュートはいるんですか?」
「一人を除いて、把握できております。把握できている者の中に王国にいる者はおりません。把握できていない一人は私の弟アーノルド・セシル・デル・フィーレスでございます。ライナスの父ではございません。弟が姿を消したのはおよそ100年前でございます」
はぐらかされるかと思ったが、普通に答えてくれた。
じゃあ、神の御使い様は宰相の弟?
条件から言うと、可能性が高いと思う。
でも、100年前って、結構、前だ。前の魔王が自殺したのもおそらく100年前。100年間魔王が不在だったと聞いたと思うからそれぐらいだろう。関係があるんだろうか?
「前の魔王が亡くなったのもそれくらいだと思いますが、関係があったんですか?」
「わかりかねます。ただ、前の魔王様が唯一、会っていたのが私の弟でございました」
関係がないわけじゃないのかもしれないわけだ。
「そのアーノルドさんはどういった方なんですか? もしかして、魔獣に興味があったりしませんでしたか?」
「弟の趣味などはわかりかねます。物静かで真面目な弟でございました。欠点は光魔法が不得手なことでございます」
う、う~ん。
それで何かわかること……
どういう行動を取るかとか……わたしにわかるわけない……
「以上でよろしいでしょうか?」
押し黙ってしまったわたしに宰相が尋ねてくる。
わたしは慌てて、他に聞きたかったことを聞いてみた。
この先、どれくらいこんな機会があるかわからない。
「あ、あの、前の魔王の名前を教えてもらえませんか?」
脈絡もない質問になってしまった気がする。
「ショウ・ミヤモトという方でした」
わたしは100年前だから、江戸時代くらいの人かと思っていた。
江戸時代とかの名前のようには思えない。
その名前に心当たりはない。
ただ、もしかすると、わたしと同じくらいにこの世界に来たのかもしれない。飛ばされた先はわたしが来るよりも前の過去。
「その前の魔王は何歳だったんですか?」
「この魔王国にいらっしゃった時は、14歳でした。残念ながら、在位は、76年と短命でございました」
14歳で在位76年って、合計90年だ。
それって、短命?
人間の寿命にしては、長い方だ。平均寿命より長い。
魔王にしては、短命ということだろうけど。
14歳なら、まだ、中学生くらいだろうか。
「亡くなって、どうなったんですか?」
「おかしなことをお聞きになるのですね。その命が失われる以外、何もございません。全ての生き物同様、魔王様とて、例外ではありません」
「そうですよね……」
死体が消え去るとか、光に包まれるとか、そんな不思議な現象を期待していたが、それはないようだ。
そういう現象があれば、死ねば、元の世界に戻れるかもしれないと思ったけど……
後、他に聞きたいことは……
全然、考えてなくて、すぐに思い浮かばない。
元の世界に帰る為に、もっと、色々聞いておいた方がいいんだろう。いいんだろうとは思うけど、思い浮かばないものは思い浮かばない。
「あ、あの、アーノルドさんの居場所は見当もつかないんでしょうか?」
そう言えば、聞いていなかったと思い、聞いてみる。
実は大体の居場所はわかっているなんてことは――
「申し訳ございませんが、一切、わかっておりません」
なかったのだった。
「あの、ありがとうございます。とりあえず、王国に戻ります」
わたしはすぐにでも、この執務室を出て行こうとした。
「魔王様、王国では、王国の第2王子と第5王子が国王暗殺未遂及び、反乱を企てたとして囚われたそうでございます」
宰相がそんな情報をもたらす。
王都から出ていた間にそんな穏やかでないことが起こっていたらしい。
「ドレイトン公爵も?」
「いいえ。ドレイトン公爵に関しては嫌疑をかけられましたが、証拠がないとのことで不問となりました」
はっきり言って、第2王子と第5王子は顔も知らない。どうこうなったところで何とも思わない。
ドレイトン公爵も顔は知らない。グレンの父親で、ドレイトン先生の弟というだけだ。
「魔王様が先程までいらっしゃった村ですが、こちらも第2王子に協力していたとして処分が下る模様です」
「えっ? どういうことですか?」
「村人の処刑が決まりそうだということです。まだ、正式に決まった訳ではありませんが、明日にでも決定が下るでしょう」
「処刑……村の人達が殺される……」
「はい。残念ですが」
「どうにかなりませんか!?」
「これは他国の決定です。私達が干渉できることではありません」
「そんな……きっと、その王子達も村も嵌められただけじゃないんですか」
「そうだとしましても、それは私達が判断することではありません」
「でも……」
「では、魔王様はどうなさりたいのですか?」
「わたしは……村の人達を助けたいです」
「助ける方法はいかがなさいますか?」
「方法……」
方法は……村の護衛を増やす? それだと、命令に従っているだけの罪のない人達まで傷付けてしまいそうだ。
後は、村の人達を逃がす? でも、小さな村だといっても、1人や2人じゃない。転移魔法ってどれくらいの人数が転移できるんだろう……
宰相を見ると、わたしに視線を向けたまま、黙っている。
「村の人達をこっそり逃がせませんか?」
「逃がすことは可能でございます。ただ、引き続き、王国内で生活することは難しいでしょう。罪人となるのですから」
「それなら、この魔王国に逃がせませんか?」
「村の者達をこの魔王国に亡命させるということでしょうか?」
「そうです! できませんか?」
「魔王様がお望みでしたら、叶えましょう。ただ、一つのみ条件がございます。村の者達が拒否するようであれば、魔王国はその時点で手を引きます」
「わかりました。では、村の人達を魔王国に亡命させてください」
「承知致しました、魔王様」
宰相は恭しく、わたしに頭を下げた。




