16話 結果
「ここは、病院なんですか?」
「いいえ、大聖堂のすぐ横の大聖堂の関係者の宿舎及び、巡礼者用の宿泊施設よ」
イネスの言うように、出てすぐに大聖堂の側面が他の建物に遮られることなく見えている。
広場へはすぐに出られる。
広場には、まだ、魔獣の死骸がそのままの状態で置かれていた。
「明日、解体して運び出すそうよ」
イネスが魔獣の死骸に向けるわたしの視線に気づき、教えてくれる。
大聖堂前の広場には、魔獣の死骸の他、布を掛けられた人の死体が並べられていた。
治癒魔法は、さすがに死者を生き返らせることはできなかった。
その数はざっと20人ほど。
傍では、家族や親しい人達が付き添っている。
屋敷で亡くなった人達を含め、街中の死者はもっと多いだろう。
直視できなかった。
「メイ、こんなことを言うのもなんだけど、これぐらいで済んだのは、メイのおかげよ。怪我人はいないわ。あなたが重傷者も含めて、治癒させたから。その人達は助かったの」
イネスが労わる様にわたしの肩を抱いてくれる。
「そうだよ、メイ。ボクが助かったのは、メイがいたから」
「ええ、コーディとミアを失うところだった。感謝しているわ」
「うん。大丈夫です」
イネスやミアを困らせてはいけない。
「嬢ちゃん!」
威勢のいい声が聞こえてきた。
「ランドルさん!」
「嬢ちゃん、いや、聖女様かな」
「それはやめてください。それより、わたしを庇ってくださってありがとうございました」
「いやいや、むしろ、助けられたのは俺の方だから。ありがとな。まさか、治癒魔法が見られるなんて。治癒魔法は、伝説の類だと思ってた」
「見ていたんですか?」
「ああ、意識はまだ何とかあった。動けなかったが。正直、もうだめだと思った。大量出血で死を覚悟したほどだ」
「……すみません」
ランドルが死にかけたのはわたしを庇ったせいだ。
ランドルのブレストプレートはほとんど機能を失い、服も破れたままになっている。
「あー、すまねぇのは俺の方だ。俺はこの通り、もう平気だ。嬢ちゃんが気にする必要はない。嬢ちゃんを悪く言うやつは俺が許さねぇよ」
ランドルは申し訳なさそうに、必死で言い繕っている。
「ああ、はい、もう大丈夫ですから。あの、今更ですが、もう魔獣はいないんですよね?」
「もういない。安心するといい。15体全て、倒された」
「街中に入ってくることがこれまでにも?」
「いや、さすがに初めてだ。しかも、集団でとはな。魔獣は、単独行動がほとんどのはずなんだが」
ランドルは何とも言えない表情を浮かべていた。
「隊長! そろそろ戻りませんと」
警備隊の隊員の一人がランドルを呼びに来たようだ。
「ああ、聖女様。本当にありがとうございました。私も負傷していたので、助かりました」
その隊員に頭を下げられた。
「いえ、そんなこと、やめてください」
わたしははっきり言って、照れていた。
聖女呼ばわりは止めてほしい。
「本当に感謝しております。他の隊員達も。それでは、失礼致します」
「嬢ちゃん、戻らないといけない。それじゃあ、またな」
二人は走って行ってしまった。
そういえば、明日出発することを伝えられなかった。
「大聖堂も寄っていく? まだ、残っている人達もいるわ」
イネスがそう提案してきた。
地下墓地への避難が呼びかけられていたのだから、かなりの人が避難していたのだろう。
「はい。それでは、そうします」
この世界の宗教はよくわからないが、大聖堂は好きだった。
内部は、とても綺麗で、神秘的で、本当に神聖な気がした。
大聖堂には、今では簡単に入れた。
中では、まだ、大勢の人達が祈りを捧げていた。
「聖女様」
ふと、老婦人から声を掛けられた。
「聖女様、息子が生きているのは聖女様のおかげです。どんなに感謝してもしきれません」
そう言って、手を合わせられた。
そうなると、次々と、聖女様とか、癒しの聖女様と声が上がり、口々に感謝を述べられる。
わたしは恥ずかしさと居たたまれなさでどうしたらいいかわからない。
もう勘弁してほしい。
わたしは聖女と呼ばれるような立派な人間ではないのだ。
「彼女はまだ、力が戻っていません。様子を見に来ただけです。これで失礼しなければなりません」
察してくれたイネスがそう言って、わたしを外へと促す。
「ごめんなさいね。余計に疲れさせてしまったわね」
「いえ、いいんです。あの人達が生きていてよかったです。多くの人達が助かったと実感できましたし」
「そう」
「それと、もう一箇所、行きたいところがあるんです。仕事の面接を受けることになっていましたので、キャンセルしないといけません。だから、職業紹介所に行ってきます」
「付き添うわ」
もしかしたら、こんな事態で開いていないかもしれないと思ったが、職業紹介所には被害がなく、人もいたので、面接のキャンセルを伝えておいた。
わたしが目を覚ました建物に戻ると、馬車が横付けされており、聖騎士が訪ねてきていた。
彼らには、貴族街の魔獣の掃討を任せていたとイネスから聞いた。
談話室には、グレンとコーディもいる。
コーディは胸のあたりを引き裂かれた服ではなく、着替えていた。
「屋敷に戻るぞ」
グレンが宣言した。
グレン、コーディ、イネス、ミア、そして、わたしが馬車に乗り込む。
無言の車内は重苦しい。
明日からは、このメンバーで旅をするのかと思うと、少し、憂鬱になる。
この雰囲気に耐えられるだろうか。




