157話 神の使い 四
「ドレイトン公爵がそんなことをするわけがない! 俺を助けたいなどと、ありえないことだ。しかも、公爵や第2王子とも実際には会っていない。騙されていただけだ!」
思わず、グレンに視線を向けるほどに、グレンの怒声が響く。
「……確かに、直接お会いした訳ではありません……しかし、使者の来訪を予め、神の御使い様に、伺っていたのです」
村長からはまた、神の御使い様、という言葉。
神の御使い様、というのは益々あやしい。
なぜ、そんなものを信じたのだろうと思ってしまう。
しかも、神の御使い様はドラゴンという話だ。
外見はライナスに近いようだし、デリアからもそんなことを聞いていた。
「あなた方は人攫いの件で、勇者に協力を依頼したと聞いております。勇者が街道を通る日時もその神の使いに聞いていたのでしょうか?」
ルカはグレンとは対照的に冷静だ。
「その通りです。神の御使い様がおっしゃったのです」
村長はグレンの方を窺いながらも、ルカの問いに答える。
「俺達があそこを通った時、予定より10日は遅れていた! それでも、正確に教えられたのか!?」
「は、はい。正確でした」
「村人が攫われたことについても神の使いからの助言等があったのでしょうか?」
「いいえ、それはありませんでした。助言といいますか、周辺で人攫いが横行していて、その拠点を掴んだのだと、公爵家の使者がおっしゃったのです。ただ、踏み込むには他領であり、戦力がなく、時間を要するとのことで」
?
わたしは何だか、よくわからなくなってきた。
神の御使い様と公爵家の使者は繋がっているのかいないのか。
端的に言えば、どちらもあやしい。
勇者のことを教えたのは神の御使い様で、人攫いのことを教えたのは公爵家の使者。
村長は勇者を誘い込むつもりだったと認めている。
第2王子や公爵は協力者だとも言っていた。繋がりはなくもない。
ただ、公爵家の使者は偽物の可能性がかなり高い。神の御使い様は、まあ、偽物だ。神の御使い様というのは、むしろ、ルカやライナスやリーナの方だ。
そのおかげでわたしは助け出されたわけである。
「公爵家の使者も俺達に助けを求めるよう、仕向けていたか」
「どうかしら。勇者が予定より遅れるのはまだしも、道を外れることは許可されないわ。公爵家がそんなことを知らないはずがない。聖騎士が共犯なら別だけど」
「ふん。そうだな。まあ、聖騎士が10人もいれば、ここの村人を使わなくても、十分だっただろうが」
皮肉を込めたやり取りがされている。
「第2王子はどのように関わりがあったのか、わかりますでしょうか?」
ルカが村長に穏やかな口調で問う。
「公爵家の使者がエドワード殿下にもご協力いただいているのだとおっしゃっていたのです……それ以外には特に……公爵様はエドワード殿下と親しいのだと、不自然なことはないと思いましたので……」
「使者は、わざわざ、第2王子のことを言及したのですね」
「確かに、そうです。私達は第2王子のことを出されなくとも、同じ行動を取ったと思います」
「聖騎士のことも伺いたいのですが、聖騎士はなぜ、この村に立ち寄ったのでしょう?」
「それは、私達にはわかりません。突然、この村に来訪されたのです。詮索するようなことはできませんし……張り詰めた雰囲気で、穏やかではありませんでした。こちらから話しかけられる状況では……」
「非常事態が起こったということでしょうか」
「そう、ですね……そのように、受け取れました」
「聖騎士はすぐにこの村を発ったのですか?」
「いいえ。日の沈んだ頃に到着され、私達には、しばらく休憩して村を発つので、干渉しないようにとおっしゃられました。いつ頃、出発されたのかはわかりませんが、朝にはいらっしゃいませんでした。私が寝台に入る前はまだいらっしゃいましたので、おそらく、深夜に出発されたのかと」
その時にわたしのお守りが落ちたのだろう。
そして、聖騎士はいなくなったということだ。
わたしの中での結論は、うん、わからない、である。
全て、あやしい。
といっても、聖騎士達は黒幕ではない気がする。わたしがそうであってほしいだけかもしれない。そんなことをするような人達に見えなかったから。
この村の人達が悪い訳でもないだろう。
色々、関わってしまっているのは、信心深さに付け込まれただけだろう。
あの人攫いの件も関わっているんだろうか。
わたしがこの世界に来た辺りから、この村は何かに巻き込まれていたんだろう。
そう言えば、この村は通常、通らない迂回路にあると言っていたけど、この村へ続く道で、暴走馬車を見た。
この世界に来て、森を彷徨って、ようやく道を見つけた時だ。
助けを求めたが、止まってくれなかった。
硬いパンだけ、投げてきた。くれないよりはほんの少し、親切だけど。
割と立派な馬車だったように思うから、あれが公爵家の使者の乗る馬車だったのかもしれない。
あの時は全く余裕がなかった。




