156話 神の使い 三
翌朝、外に出ると、魔獣の死体はすっかりなくなっていた。
死体だらけの血生臭い光景はこりごりだ。
昨日、あんなことはなかったんじゃないかと思える。
朝の光を浴びて、軽く伸びをする。
小鳥の鳴き声が聞こえてくる。
田舎の平和な光景がある。
「魔王様」
こんな心が洗われるような朝の光景の中、魔王なんて呼ばれたくなかった。
無駄にきらきらと金髪が輝く。
爽やかな笑顔を向け、日の光の中、ヴァンパイアのルカがそこにいた。
正に、絵になるのだ。わたしだとそうはいかない。
「ライナスが神の使いだと信じさせた方がよかったんじゃないんですか?」
わたしは嫌味のつもりで、そんなことを言った。
「最初はそのつもりでしたよ。ライナス様に面倒だと拒否されまして。ですが、何の問題もありませんよ。ご安心下さいませ」
わたしは何か言い返そうとしたけど、いい言葉が思いつかない。
わたしが出てきたデリアの家のドアが開く。
「メイ。ルカお兄様。」
小声でリーナが呼びかけてくる。
「申し訳ないのですが、教会までお越しいただけませんでしょうか。貴女方だけでなく、デリア殿、ウィリアム殿、アーロ殿にもお声がけいただけませんでしょうか」
ルカが呼びに来ることは既にリーナから聞いて、知っていた。
だから、ウィリアム、アーロとの剣術の鍛錬と朝食は済ませていた。
もう日も大分、昇っている。9時か10時くらいじゃないかと思う。
ルカに続いて、5人で教会へと向かう。
教会内には村長と村人が20人程。子供はいないが、年齢層は幅広い。それに、ライナスとリビーと村の護衛の人達もいる。
前に立ったルカは宣言した。
「最初に、この村の安全は私達が護りましょう。ただし、首謀者を捕らえる為の協力はしていただかなくてはなりません」
ルカは優しく語りかける聖職者のようだ。
村の人達は黙って頷いた。
口調は優しいが、どこか逆らえる雰囲気ではない。
まさか、わたしが魔王だと言ったりしないか、気に掛かっていた。
「そうそう、魔王の元へと向かう勇者をこの村に誘い込もうとしましたね。それとも、そう仕向けられたのでしょうか?」
ルカは物腰柔らかく、穏やかな表情を浮かべている。
「神の御使い様がおっしゃったのです。魔王様の元へ勇者を行かせてはならないと。神である魔王様への侮辱に当たるのだと。そうおっしゃったのです」
村長がそれに答えた。
「勇者を誘い込んで、殺そうとしたのですか? 勇者はセイフォードでも襲撃にあったのだとか」
ルカは別に意地悪そうに言っているわけではない。ただ、わたしの頭の中では意地悪そうな口調に変換されている。
「まさか、そのようなこと! 勇者は公爵様のご令息だとか。秘密裏に逃がすつもりでございました」
「どのように逃がすのですか? 勇者の逃亡の監視も兼ねた聖騎士が共にいて。彼らが見逃してくれると思っていたのでしょうか?」
「……協力者がおりました」
「ほう、それはどなたですか?」
「……」
村長は言い渋っている。友達を裏切るようなものだろうから、当然に思う。レベルが違うけど。
ルカはじっと村長に視線を向けている。
「第2王子であらせられるエドワード殿下とドレイトン公爵様です」
意を決したのか、村長が断言する。
王子に公爵。結構な大物だ。というか、ドレイトン公爵はグレンの父親だ。ただ、忘れそうになるけど、コーディも王子だ。
「は!?」
どかどかと足音を響かせて村の護衛の一人が村長に近づくと、乱暴に胸倉を掴んだ。
「どういうことだ!?」
その村の護衛が激しく村長を揺する。
護る対象であるはずの村長に対して、本当にかなり乱暴だ。というより、暴挙だ。
ルカは特に止めようとしない。
村長は突然のことになされるがままになっている。
「止めなさい」
突き放すような単調な女性の声。
わたしはその二人の声にすごく聞き覚えがあった。
多少、声がこもっているけど、女性の声で確信した。
村長はようやく解放される。
「その二人とお会いしたことがあるのですか?」
ルカは何事もなかったかのように話を進める。
あんなことになった村長、放っておいていいんだろうか。
「い、いえ……使者が来られただけです。勇者はそのドレイトン公爵様のご子息とのことでしたので、ご自分のお子を助けたいのだろうと……」
村長もまた、揺すられていたとは思えないくらい平然として話していた。
「そんなことがあるはずないだろう!」
村の護衛の男が声を上げ、頭の装備を取る。
金髪碧眼の見た目だけはいい、よく知る男、グレンの顔が目に入る。
勇者で、そのドレイトン公爵の息子だ。
「あの、彼は……?」
村長はグレンのことをルカに尋ねる。
勇者の顔までは知らないらしい。
「彼はグレン・ヴィンス・ドレイトン。ドレイトン公爵家の次男で、今回の勇者ですよ」
「……勇者は生きて……」
村の人達には動揺が広がる。
そう言えば、勇者が戻ったという公表はされていないらしい。
ということは死んだことになっている。
そういうわたしも少し、動揺している。
だって、あの4人の村の護衛は――
顔を隠し、声が出せないとしていたのは、その顔や声を村の人達が知っていたからだろう。
わたしとこの村にいたのだから。
また、助けられてしまった。
少年に見えた村の護衛は、ミアだ。
ミアも騎士学校に通ったり、訓練を受けていないのに、村の護衛として戦っていた。
ミアは立派に彼らの仲間の一人だ。
わたしだけが護られているだけだ。
彼らとの距離はどんどん離れていく。
もう、わたしが仲間に加わることはない……




