15話 わたしの魔法
コーディがわたしの前に立つ。
一瞬何が起こったかわからないまま、わたしは、後ろに飛ばされていた。
背中を地面で打ち付け、痛みが走る。
カランカランと音を立てて2本の剣が地面に落下した。
魔獣の足ががくんと折れ、胴を地面につけた。
そこを逃さず、グレンが首に飛びつき、切り裂いた。
勝った。倒した。
上体を起こし、わたしはその光景を見ていた。
ふと、わたしの前にはコーディがいたと、思い出した。
コーディはわたしのすぐ傍で倒れていた。
「コーディ」
呼んでも、コーディは動かない。
その胸は真っ赤に染まっていた。魔獣の爪で切り裂かれ、血が溢れる。
「コーディ! コーディ!」
わたしは必至でコーディを呼んだ。
コーディは目を覚まさない。
「コーディ!」
グレンの声が聞こえた。
「おい! 何してる、コーディィィ!」
グレンの悲痛な声。
前の光景が蘇る。わたしを庇って死んでしまった女性の姿。
また、同じだ……
「医者を連れてこい! コーディを助けろぉぉ!」
グレンが取り乱して叫ぶ。
恐ろしかった。止まらない血。こんなに血が出れば、コーディが死んでしまう。
ミアもランドルも他にも大勢――
「何をやっているの!」
イネスが服を引きちぎって、止血しようとしている。
布はすぐに血で染まる。
お願い、コーディを助けて! ミアを、ランドルを、街の人達を!
神でも、悪魔でも何でもいいから、助けてよ……
胸の辺りが温かくなってくる。
こんなときなのに、気持ちのいい温かさだった。
コーディに抱きしめられているような。
目の前に淡い光が見えた。
街を包んで。皆を助けて。
光はわたしを中心に周りへと広がっていく。
「この光は? メイ?」
イネスの呟きが聞こえる。
周りからも口々に光を訝しむ声が聞こえてくる。
光はやがて消えていった。
心が落ち着く。
コーディから溢れた血は跡形もなく消えていた。切り裂かれた傷もない。
コーディに触れると、その体温を感じる。脈打つ鼓動も感じる。
間違いなく生きている。
安心した瞬間、力が抜けていく。
頭がくらくらしてくる。
ふらっとして、わたしはコーディの上に倒れた。
目を覚ますと、わたしはベッドに寝ていた。
ゼールス邸のいつもの部屋ではなく、もっと簡素な小さな部屋だった。
窓から光が入ってきているが、日は大分傾いているようだ。
日付が違っていなければ、それほど時間は経っていないはずだ。
あれからどうなったのだろう。
わたしはいてもたってもいられなくなり、部屋を飛び出した。
飛び出したはいいが、どこへ行けばいいかわからない。
「メイ、目を覚まして、よかったわ」
イネスの姿が見えた。
「イネス! コーディは? ミアは? ランドルさんは?」
「ミアはもう起きているわ。元気そうよ。ランドルさんは警備隊の方よね。無事よ。コーディはその隣の部屋に運んだわ。怪我はなさそうだけど、まだ目を覚まさないわね。大丈夫だと思うけど。メイ、気が付いたなら、飲み物と軽食を持って来てあげるわ」
イネスは、来た廊下を戻っていく。
わたしはイネスに教えられたコーディのいる部屋に入った。
一応ノックしたが、応答はなかった。
わたしが寝かされていた部屋と同じ小さな部屋。そのベッドにコーディは寝かされていた。
コーディの顔色はいい。ちゃんと息をしている。
「コーディ」
コーディの名を呼んでみた。
ベッドに腰かけ、コーディの頬に触れてみた。
コーディが生きていてよかった。死んでしまった女性のように肌に触れると信じられないくらい冷たくならなくて。
結局、あれは何だったのかはよくわからない。
わたしの願いが叶ったのか。
わたしをこの世界に送った誰かが同情したのか。
それか治癒魔法か何かだろうか。
それだと、魔法の力がそこまで強くないこの世界にしては、かなり強力な広範囲魔法ということになる。
わたしが倒れたのは、そんな魔法を行使したからとか?
「メイ?」
考えていたら、コーディの声にはっとした。
というか、コーディの頬に触れたままだったので、さっと手を引っ込めた。
「こ、コーディ、よかったぁ」
「メイ、魔獣は?」
「すみません。わたしもよくわからないんです」
「そうですか……その……メイを最後まで護れず、不甲斐無い限りでした。不安にさせ、申し訳ありません」
コーディがわたしを抱き寄せた。
温かい。
とても安心する。
その時、ドアが開けられた。
「邪魔だったわね」
イネスの声だった。
そのままドアが閉められる。
わたしはコーディと離れた。
そして、かなり反省した。拒否すべきだった。
よりによって、イネスに見られるなんて。
やっぱりコーディは迂闊すぎる。
いくらわたしを女として見ていなくても、イネスにすれば、絶対にいい気はしない。
まあ、日本人からしたら、の意見なので、実際にはイネスはそこまで思っていないかもしれないが。
それによく行われる親しい相手との気軽な挨拶程度のものなのかもしれない。
よく考えれば、文化が違うのだ。
そういうことも後で誰かに聞いておこう。
挨拶程度のよく行われていることなら、コーディと抱き合っても、問題ないように思う。
そもそも、明日にはお別れする。
「わたし、一旦、自分の部屋に戻ります」
わたしはコーディのいる部屋を出て、隣の元いた部屋に入った。
誰もいないと思ったが、イネスがいた。
ちょっと複雑な心境だった。
「コーディも目を覚ましてよかったわ。もう少し、コーディのところにいてもよかったのに」
イネスは普段と変わらずに、淡々とした口調で言う。
イネスからさっきのことを気にした感じはしなかった。
「水と軽食をそこに置いたわ。食べられそうなら、食べて。コーディの様子を見てくるわ」
「ありがとうございます」
イネスはわたしに微笑むと、部屋を出ていった。
イネスは口調は単調だし、表情も乏しいが、時折、感情の変化がみられる。
今は、コーディと共にいるのだろう。
コーディとイネスは本当にお似合いのカップルだ。
イネスもコーディが無事でうれしいのだと伝わってくる。
わたしは、とりあえず、水を飲んで、軽食のサンドイッチを平らげた。
そういえば、あまりにも取り乱していたグレンは大丈夫なのだろうか。
ミアや警備隊の人達の様子も見に行きたい。
わたしはあの後、倒れて、ここに運ばれたらしいが、今は特に体調が悪いということはない。
それならば、どうしても、街の様子が気になる。
魔獣は全て倒したのか。一体、どうなったのか。何が起こったのか。
よし! 行くぞ!
気合を入れる。
正直言って、実際に見るのは、少し怖い。結果を知るのは。
そうして、部屋を出るなり、再び、イネスと顔を合わせた。
わたしは、微妙に気まずい。
「メイ、休んでいなくていいのかしら?」
「あ、もう、平気です。ミアに会いに行こうと思います。それと、街の様子も見たいので」
「いいわ。付き添ってあげる」
そそくさと立ち去ろうとしたわたしに、イネスがそんなことを言ってきた為、仕方なく、一緒に歩く。
二人、無言で廊下を進み、階下へと降りた。
降りた先の左側の部屋へとイネスが足を向ける。
その部屋は大きく、ソファがいくつか置かれている。談話室というような印象の部屋だ。ソファの内の一つにミアの姿があった。
「ミア!」
わたしが呼びかけると、ミアはわたしを見て、ぱっと笑顔になる。
「メイ~ 無事でよかったよ~ メイを護れなくてごめんなさいぃぃぃ」
次にミアの表情は今にも泣きそうに変化する。
そして、わたしに駆け寄り、抱きついてきた。
しっぽはふりふり。本当にかわいい。癒される。
「ううん。わたしは平気。それより、ミアは大丈夫?」
「ボクも平気。すごく痛かった気がするんだけど、気が付いたら、元気」
「そっか。よかった」
「これって、メイのおかげなんだよね。ボクが大怪我を負って、メイが魔法で治してくれたって、イネス様から聞いたの」
「そ、そうなのかな? わたしもよくわからないの」
「メイは治癒術師なんだね。さっき、訪ねてきた人も、メイは癒しの聖女様だって言ってたよ」
「え?」
「メイは癒しの聖女様」
「な、なにその、恥ずかしい呼び方?!」
そんな風に呼ばれたら、思わず赤面してしまう。
聖女なんて、すっごい美女のイメージだ。わたしではイメージとかけ離れている。
第一、本当にわたしの魔法なのかも不明だ。魔法は使えないと、職業紹介所で言われている。
「わたしがそんなことできるなんて、考えられない」
「いいえ、あれは、メイ、あなたの魔法よ。実際に近くで見ていたから、よくわかるわ。気付いていなかっただけだと思う」
「でも、わたしは検査で、魔法は使えないと」
「あれは、あくまで4つの根源に対しての適正を見るもの。治癒魔法はどれにも当てはまらない」
「そ、そうですか……ただ、同じことがまた、できるかはわかりません」
「訓練をすれば、できると思うわ。すぐは無理だと思うけれど。あなたが倒れたのは、きっと、魔力欠乏のせいだわ。無理をし過ぎたのよ」
「イネスは治癒魔法が使えますか?」
「無理よ。治癒魔法を使えるのは、極僅か。国に数人いる程度のようよ。とても希少な存在」
「治癒魔法って、こんなにすぐに治せるものなんですか?」
「よく知らないわ。実際に見たことがないし、治癒術師に会えもしないわ。国の重要機密のようなものだから」
「そ、そうなんですね……」
なんだか大変な存在のように聞こえる。
「おい! お前」
尊大な口調、態度でグレンが近づいてくる。
離れたソファにグレンがいるのは知っていた。あえて、見ないようにしていたが。
「明日、ここを立つ。俺達と同行しろ、治癒術師」
わたしの前に立ちはだかり、唐突にそんなことを言い出した。
長身のグレンに前に立たれると、結構な迫力がある。脅しである。
「……」
わたしは何も答えられなかった。グレンを恐れてではなく、わたしの中では、様々な考えが交錯していた。
攻撃魔法ではないが、魔法は使える。パーティに治癒術師がいた方がいいというのも納得はする。
一方で一番狙われやすいにも関わらず、わたしはほとんど、攻撃はできない。
ただ、元の世界に戻るのに必要かもしれないという考えも再度、湧きだす。
「グレン、それはだめよ!」
イネスが反論する。
「イネス、これに関しては、黙っていろ! 俺の方が立場が上だということを忘れるな! おい、治癒術師、いいな?」
「ですが、どうやって、治癒魔法を使ったかわからないんです。また、使えるかはわかりません」
「そんなことはかまわない。治癒術師、同行しろ」
「わかりました。同行します。ただ、わたしの名前は治癒術師ではなく、メイです。仲間になるなら、ちゃんと名前で呼んでください」
「フンッ。いいだろう。一度、口にしたことは曲げるなよ。縛ってでも連れていくからな」
「曲げません」
わたしは断言した。これでもう、引き返せない。覚悟は決まった。魔王討伐に同行する。
「メイ……」
「イネス、心配しないでください。それより、外の様子を見に行きたいんです」
「――わかったわ。これ以上、何も言わない。行きましょうか」
「ボクも行く!」
わたしはイネスとミアと共に、この建物を出た。




