145話 デリアとの再会
わたしは一番最初の村に戻ってきた。
この世界に来て彷徨った森の近く。
何か思うところがあるかもしれない。嫌なことを思い出して、辛くなるかもしれない、なんて思っていたが、特にどうということもなかった。
今のわたしは独りではない。
ウィリアムとアーロとリーナがいる。
うん、よくわからないメンバーだ。
こういうことは何度目だろう。わたしの周りはころころと変わる。
まあ、ウィリアムとアーロは強い。さすが、現役の騎士だ。
彼らはすぐにわたしの身体強化の魔法に順応した。
魔獣を瞬殺する手腕はすごすぎる。
その彼らがわたしの護衛を引き受けてくれた。
引き受けてくれた理由がわたしの護衛の為だけと言うわけではないが、心強い。
騎士という身分は隠しているが、傍にいた人達からは騎士様とか呼ばれていた。
それはすごく、よくわかる。
はっきり言って、カッコいい。
そして、リーナもまた、めちゃくちゃ強い。しかも、かわいい。
わたしだけ、平凡な気がする。一応、魔王だけど。
村に着いてすぐ、デリアの家に直行した。
よく覚えている。どこにあるかなんて、すぐにわかる。
急に訪ねたりして迷惑かとも思うけど、次にいつ来られるかなんてわからない。
わたし一人では王国と魔王国の行き来もできない。
大勢で押しかけるのも、という少しばかりの配慮でウィリアムとアーロには待っていてもらう。
デリアの家のドアの前。
勢いで来たはいいけど、なんて言えば……
あれ? わたし、こんなことばかりしている。もしかして、学習能力がない……
「メイ様?」
ドアの前で動かないわたしを不審に思ったのか、控えめにリーナから声が掛かる。
自分で言うのも何だけど、不審だ。
思い切って、ドアをノックする。
「はい、どなた?」
中からデリアの声がする。
「あ、あの――」
上擦ったような声になる。
「メイです」
「メイ?」と、デリアがドアを開け、訝し気な表情で出てくる。
「デリア、あの、迷惑だったと思うんですけど、近くに来たので……」
「メイ! 元気そうでよかったわ。ちゃんと暮らせているの?」
デリアは嫌な顔はせず、迎えてくれる。
「はい。滞在先も決まりました」
「そうなのね。入って。あなたもどうぞ」
わたしはリーナを連れて、デリアの家に入った。あの時と全然、変わってない。
「デリア、友達のリーナです。一緒に来てくれたんです。それと、外に後2人、護衛してくれた人がいます」
「こんなところに、また来てくれるなんて、思わなかったわ。この村は来にくいでしょ」
「いえ、そんなことは。デリアのおかげで、頑張ろうと思いました。本当にありがとうございました!」
わたしはデリアに頭を下げる。
「気にしなくていいのに」
「あの、これを。おいしかったので、持ってきました」
わたしはちゃんと、手土産も持ってきた。メルヴァイナに頼んで、魔王国から持ってきてもらったお菓子だ。腐ると困るので、残念ながら、生のものは止めた。
「ありがとう。もらっておくわ。今日は泊っていくでしょ。2人だと少し狭いけど、前の部屋を使っていいわ。後の2人は、ベッドはないけど、ここで寝てもいいし、村長の家の部屋を借りてもいいわ。この村に宿はないから」
「外の2人は男性なんですけど、大丈夫ですか?」
「ここなら、かまわないわ」
「それじゃあ、知らせて来ます」
デリアの返事を聞いて、すぐに家を飛び出した。ずっと外で待たせているのは悪い。
「ウィリアム! アーロ!」と彼らに呼びかける。
町とは違って、やけにその声が響いた気がした。近所迷惑なことをしてしまった。
取り消せないので、そのまま、ウィリアムとアーロの元に向かう。
「デリアが泊まってもいいって。ただ、申し訳ないけど、2人の分のベッドはないそうだから、村長の家に泊まらせてもらうこともできるそうなの」
「承知しました」
2人が同時に応える。
「ウィリアム、アーロ、その人は?」
2人の傍にいる明らかにこの村の人ではなさそうな怪しい人。武装して、顔を完全に隠しているのがより怪しい。
気付いていたけど、本当に怪しいなら、2人がどうにかしているだろう。
「村に雇われている護衛の一人らしい」
アーロが教えてくれる。
確かに、この村では不安だろう。どこからでも村に入れそうだ。
前はそんな護衛はいなかった。
「魔獣が多いから……」
最近、魔獣が多いと聞いたし、事実、わたし達も魔獣と出くわし、戦っている。
この村では人も攫われたので、魔獣だけが恐ろしい訳ではないかもしれないけど。
ただ、魔獣が現れたとして、普通の人で倒せるのか?
雇ったとしても大人数がいるようには思えない。数えられるほどだろう。
護衛がいたとしても、村を護れるとは思えない。
魔獣ではないが、全滅した村がある。
この村があそこのようになってしまったら……
ゼールス卿が私兵を出すと言っていたが、ここまではまだ手が回ってないらしい。
「メイ」
ウィリアムに呼ばれて、考え込んでいたことに気付く。
「デリアが入っていいって。一緒に来て。デリアとリーナが待ってる」
2人を連れて、家の中に入ると、
「デリア、護衛をしてくれているウィリアムとアーロです。強くて頼りになるんです」と、デリアに紹介する。
ウィリアムとアーロはデリアに会釈する。2人にはあまり畏まらないでほしいと伝えてある。デリアはそういうことは苦手みたいだし、わたし自身もそうだ。
「そう。こんなところだけど、ゆっくりしていくといいわ」
デリアの変わらない笑顔にほっとする。
「村で護衛を雇っているって、聞きました。今、顔を隠している人を見かけたから」
「ああ、顔に酷い傷があると聞いたわ。声も出せないそうよ。彼らは魔獣退治専門らしいから、魔獣にやられたのかもしれないわ」
「そうだったんですね……その、ここに魔獣が出たら……」
わたし達がいないときに、この村が襲われたりしたら……
そう思うと、恐ろしくなる。
デリアも親切にしてくれた村の人達も死んでしまうかもしれない。
「大丈夫よ。心配しないで。ここはドラゴンに護られているわ」
デリアはわたしを優しく抱きしめてくれる。
「メイ」
リーナが小さな不安げな声でわたしの不安がうつったようにわたしを呼ぶ。
「リーナだっけ? あなたも」
デリアはリーナを引き寄せ、わたしと一緒に抱きしめる。
リーナは魔獣のことが不安なのではなく、メルヴァイナが一緒にいないことが不安なのだ。
しかも、リーナにすれば、知らない人の家だ。緊張もするし、不安にもなるだろう。
ただ、抱きしめられたリーナは照れているようだった。
悲観しているだけじゃなくて、わたしはできることを考えないといけない。
どうしたら、村を護れるか。
この村の人達も恩人だから、出来る限りのことはしたい。
リーナにも相談してみよう。
デリアはわたし達を放し、
「せっかく来てくれたんだから、楽しく過ごすわよ。後で村を出てからのこと、聞かせてほしいわ」
とにっこり笑いかけてくる。
「はい、色々ありましたから。そう言えば、さっき、ドラゴンに護られているって言ってましたけど、村の下にドラゴンが眠ってるというような言い伝えでもあるんですか?」
「さすがにこの村の下には眠ってないわね。ドラゴンは神の使いよ。金色の美しい瞳を持つ神の使いがこの村を訪れたのよ。この村は神に守護されていると」
わたしは信心深くないので、その辺りの考えはよくわからない。
神に祈っても、魔獣から助けてなんてくれない。
更に言うなら、魔王は魔王国では神だとか言われているが、わたしが皆を助けることなんてできるわけがない。
更に更に言うなら、その神の使いは少し胡散臭い。
カラーコンタクトをつけた詐欺師とか思ってしまう。口には出さないけど。
騙されているのでなければ、信仰は自由だと思っている。
それに、ドラゴンは実在しているようだ。
ライナスや宰相やドリーがそうらしいが、実際にドラゴンの巨大な姿は見ていない。
ライナスに至っては、ドラゴンの姿になれないらしいし。
そう言いながらも、実際には村は護衛を雇っている。
そういうこと、なんだろう。本当に信じているわけではないのだろう。
「それなら、いいんですけど……」
曖昧に濁すことにした。ドラゴンの話は終了だ。
「あ、あの、これは――」
話が途切れた時に、リーナがわたしに訴えてくる。
もしかすると、待っていてくれたのかもしれない。気付かず、悪いことをしてしまった。
リーナが低めの棚の上を見ているので、わたしもそこを見る。
「これは、”お守り”?」
リーナが呟く。
そこにあったものは間違いなく、わたしのお守りだった。
”学業成就”と漢字が書かれている。母にもらったものだ。
そして、間違いなく、この村で落としてなんていない。
それは絶対に間違いない。イネスやミアに見せたことがあるのだ。
バッグと一緒に失くしてしまったものだ。
聖騎士達が王都へと持って行ってしまったのだと思っていた。
結局、王都でも見つからなかった。
それがなんで、こんなところにあるのだろう?
かなり不思議だ。
聖騎士達が落として、偶々、デリアが拾ったのだろうか。
そんな偶然があるの?
「それは拾ったのよ。珍しいものだし、なんとなく、取っておいたんだけど。それを知っているの?」
「これは、わたしの、です」
「メイの……?」
デリアは困ったような表情をしていた。
気に入ってしまったとかだろうか。
「はい……聖騎士達がここを通ったんですか? 聖騎士達がわたしの荷物まで持って行ってしまったみたいなんです。わたしのバッグも見ませんでしたか?」
わたしはバッグもこの村にあるのかもしれないと気が逸った。
「……確かに、聖騎士様がこの村を通ったわ。残念だけど、バッグは見てないわね。あの時の彼と一緒だったから、聖騎士様と関わったの?」
「そうです。コーディのこと、知ってたんですか?」
「彼が勇者一行のお一人だってことなら、知っていたわ……」
デリアはわたしに対して言いにくそうにしている。コーディが魔王の生贄になったと思っているのだろう。
わたしがそのことについて、ペラペラ話してしまっていいことなのかわからない。
「そうですか……」
わたしがそう答えると、デリアは棚の上からお守りを取った。
「あなたのものなら、返すわ」
デリアがわたしにお守りを渡してきた。
母にもらったものだ。元の世界のものがあると、まだ、元の世界と繋がっている気がする。
わたしはお守りを受け取った。
元の世界ではずっとバッグに入れっぱなしになっていて、存在も意識していなかったものだ。
でも、今は、手元に戻ってきて、ほっとする。
ここで、”学業成就”って。
つい、笑ってしまう。
お守りは赤色で、デフォルメされた龍の模様がある。
捨てられなかったのは、龍が神の使いとされているドラゴンに似ているからなのかもしれない。
「大事なものだったのね。返せてよかったわ」
「拾ってもらって、ありがとうございます!」
「いいのよ」
やはり、聖騎士達が落として、デリアが拾ってくれたということだろう。
もしかすると、バッグもどこかで落ち、もう見つからないかもしれない。
それに、デリアからもらった服も、イネスからもらったワンピースも。
諦めるしかないかもしれない。
「あの、聖騎士がどうしてこの村を通ったのか、ご存じなのでしょうか? この村を通るルートは遠回りのはずです。普段、通ることはないと思います」
今まで、黙って立っていたアーロがデリアに質問を投げかける。
「申し訳ないけど、そんなことはあたしにはわからないわ。それより、あなた達も疲れたでしょう? そこになら、座っていいわ」
デリアはウィリアムとアーロに端に置いてある背もたれのないベンチのような木を組み立てただけのイスを勧めた。
その後、デリアは食事を用意してくれた。
魔王城の料理人が焼いたパンは持参して来たが、余計な手間を掛けさせてしまった。
デリアはそのパンをとても気に入ってくれた。
焼いてからそれ程、時間の経っていないふわふわのパンだ。
転移魔法のおかげである。
それから、リーナを入れて、前にこの村を出た後のことを話した。
さすがに魔王国関連のことは言わないけど。
わたしやリーナが人間ではないことも。
セイフォードでの事件のことも言っていない。
まあ、誘拐されたことは言ってしまった。
後は、勇者に会ったこと、魔王四天王の4人にあったこととか。
楽しい夜を過ごした。




