144話 シンリー村 四
僕はデリアの家の扉が閉まるのをただ、じっと見ていた。
扉は完全に閉ざされる。
胸に穴が開くような、そんな気がしていた。
「いつまでそうしている気?」
無表情のイネスが詰め寄ってきた。
僕はずっとデリアの家を見たまま、立ち尽くしていたらしい。
既視感を覚え、僕は向きを変え、デリアの家に背を向けた。
イネスはそれ以上、何も言わなかった。
デリアの家から離れ、グレンとミアとも合流する。
「まさか、メイがいるなんて……」
イネスは村人に聞かれないよう、声を抑えている。
「メイに見つかりたくはないな。無論、他の3人にもな」
グレンは顔を顰める。
「メイにちゃんと話して、黙っていてもらうのではだめですか?」
ミアは僕達をちらちら見ながら、おずおずと提案する。
「却下だ。メイは関係ない」
「そうは思うけれど、メイが見れば、すぐにわかるわよ。顔を隠しているわけでもないものね」
イネスの言葉の直後、周りの景色が変わった。
誰かが転移魔法を使った訳ではない。
ルカが使った魔法と同じだ。違いは、淡い黄色が広がっていることだ。
「また会いましたねっ!」
また、会うも何も、僕達がシンリー村にいることはわかっていたはずだ。
それに、当分会わないような口ぶりで別れたのは、ほんの2日前だ。
底抜けに明るい声、その声の主の姿が浮かんでくる。
「お困りですか!? まさかまさか、魔王様がいらっしゃるなんて、私も思いませんでしたよ!」
リビーは頼ってほしいというような視線を投げかける。
イネスはそれに答えるにしては、淡々と一方的にデリアという女性の家で見つけたメイの”お守り”のことを話す。
ただし、その”お守り”がメイの物だということは言っていない。
「あなた達なら、容易にできるでしょう? 聖騎士達を失踪させるくらい」
イネスはそう、最後に付け加える。
「ありゃ? もしかして、私、疑われてます?」
「どうかしら?」
「なるほどなるほど。もっちろん、できないことはないですよ! 下位種族が相手なら、死体を残さず消滅させるとか、別空間に閉じ込めるとか、転移させるとか。私がそういうことをしていないことを証明するのは難しいですね。魔法の痕跡も既に消えています。ああ、重要なことですが、魔王国では上位種以下の魔王国の民に対して、そのようなことは禁止されていますよ。罰則もありますから、魔王国に帰る前にしっかり学んでくださいね!」
”魔王国で”、ということは、王国では何をしてもいいということだ。”上位種以下の魔王国の民に対して”という言い方も気にならなくはない。
リビー、さらにはルカが聖騎士失踪の当事者という線は薄い。
リビーも本気で疑われているとは思っていないだろう。
「そう」
イネスは自分から聞いていたにもかかわらず、そっけない。ただ、リビーも気にした様子はなく、応えられて満足そうだ。
「ああっ! それで、私が来た目的なんですが――」
リビーは両手を僕達に差し出してくる。
リビーの手から少し上に4つの同じ兜が浮かぶ。鈍い輝きのシルバーの顔まで覆う兜で、よく見ると花が刻まれている。
「これをどうぞ! 中々、いいでしょう!? すてきっ! 私の好きな劇に出てくるのですよっ! これなら、顔を隠せますよ! なんと、魔法が付与されていて防御力も高いのです! しかも、仲間同士で、お揃いです!」
その兜が僕達それぞれにゆっくりと近づいてくる。
グレンは僕の方に一歩移動するが、それに合わせて、兜も軌道を曲げる。
グレンは若干、忌々し気な顔をする。
僕には本気か冗談か読めない。
僕達の目的は顔を隠すことではない。
ルカとリビーに揶揄われているのか、新人への洗礼か何かなのか。
騎士団ではそういうものがあるらしい。
受け取らざるを得ない。
本気だった場合、相手を傷付けないし、冗談だった場合、僕達が笑われるだけだ。
「ありがとうございます! お揃いです!」
無言で受け取る僕達とは裏腹に、ミアは歓声を上げる。
兜は丈夫そうだが、軽量で頭部の防御としては申し分なさそうだ。
イネスは恰好とも合っている。ただ、特に僕やグレンは兜だけが立派になり、バランスが取れない。
「喜んでもらえてうれしいですよ! それと、皆さんのことはリーナ様はご存じです。それでは、またまた、どこかでお会いしましょう!」
リビーが言い終わるや否や、リビーの姿が消えた。
「ついでに、私にはボスからの指令があります。ご期待ください! きっと、皆さんにとっても、いい結果になりますよ!」
どこからともなく、リビーの声が響き、景色は元の村に戻った。
「……」
僕は無言で佇んでいた。
兜は一先ず置いておくとして、むしろ、一番最後の言葉が最も重要で、最も伝えられるべきことではないかと思う。
そこをもっと詳しく教えてほしいと思うが、既にリビーの姿はなく、どうすることもできない。
ミアはうれしそうに早速、兜を被っていた。
「どうですか? ボクでも強そうに見えますか!?」
と、僕達に弾んだ声で問いかけてくる。
「ああ、強そうだ」
頭部の防御としてはいいかと思う。
ただ、どうしても今のミアの服装には合わない。
ミアだけはその後も、兜を被っていた。
村人達は兜を被ったミアを見ても、見慣れているかのように、ずっとそうだったかのように、兜に対して何の反応も示さなかった。




